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 俺はまず、いままで七十パーセントほどに抑えていた速度を、一気に最高にした。これによって、振り切ることを選んだと思わせ、同時に追いつかれるまでの時間を延ばす。そして同時に、レバーをほんの少しだけ引いた。一気に高度を下げると思惑に勘付かれてしまうため、あくまですこしずつ。さらにときどき上昇させることで、動揺しているように見せるのも忘れない。

 さらに、砲撃への対処だ。まだ距離が離れているので当たる確率は少ないが、これから段々と狙いが正確になっていくに違いない。よって進路をジグザグにし、これを防ぐ。この動きは、先ほどの動揺しているように見せるのにも使えるので、かなり有効だろう。

 だが、方針は決まっても、実際にやるのでは一人ではあまりに荷が重い。舵輪には常に触れておかないといざという時に対処できないので、片手が埋まり、さらにレバーもときどき上昇させるために掴んでいる必要があるので、もう片方も潰れる。さらに敵の位置と砲撃を観測するため、視線は後ろに、しかし着陸できそうな位置を見つけるのに地上も見なくてはならず――と、両手と両目を最大限利用しても手が追いつかない。

 

「右ッ!!」

 

 敵艦から放たれた砲弾が、船体のすぐ真横を通り過ぎていく。あと少し反応が遅れていたら、当たっていただろう。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……!」

 

 過去、あの決死の戦場でも、ここまで緊張したことがあっただろうか。あの時、俺が背負っていたのは、自分の命だけだ。もちろん蔑ろにする気はなかったが、命の価値は一人分。しかし、今は俺だけじゃない。アヤメとアイリスの首も懸かっている。俺もあいつらも含めて全員――

 

「死なせるわけには、いかねえんだよ――!!」

 

 もう、俺の前で誰かが――*大切な人*が死ぬのは、みたくない……!

 

「左、だ!!」


 段々と狙いが正確になってきている砲撃を、またもやスレスレのところで避けた。そして俺は小上昇のためレバーを――

 

「まずッ!」

 

 そこで俺は、こちらに真っ直ぐと向かってくる砲弾を捕捉した。しかし、レバーは両手でないと動かないため、今は舵輪から手を離してしまっている。

 

 ――間に合わない!

 

 俺はおそらく、今までの中で最速の反応で手を離し――

 

「だいじょう、ぶっ!」

 

 しかし、俺が舵輪を掴む前に、それは回っていた。砲弾は船縁に当たるか当たらないかのぎりぎりのところを通り過ぎていく。

 そこにいたのは、いつの間にか、上甲板に上がってきた、俺が守るべき二人、アヤメとアイリスだった。

 

「お前ら!なんで出てき――」

「アラン、私が砲弾をみて指示を出す。その通りに舵を取って」

「あたしはこのレバーをやるわ!アランは避けることに集中しなさい!」


 二人は、冷静に状況を把握し、自分の持ち場を作る。しかし、対する俺はまだ唖然としていた。

 

「……き、危険だ!直撃したら一瞬で死ぬぞ!」

「直撃なんてしたらどっちにしろこの船は沈んで、私たちももろとも死ぬでしょ!なら最後まで足掻いて死んだ方がマシよ!」

「アラン、生きて、生きて、生き抜くんでしょ?ならこんな無茶しちゃだめ。わたしたちを頼って」

 

 それぞれが、それぞれの思いを持って、でも結局言っていることは同じで。

 

「な――いや――っ――わかった。頼む」

 

 さまざまな逡巡と葛藤ののち、答えを得る。今車、互いに命を預け合おう。それが仲間というものなのだから。

 

「右!」

「了解!アヤメ!ある程度下げたら少し上げてくれ!」

「分かったわ!」


 次々と迫り来る砲弾の雨を避け、徐々に高度を下げていく。やがて、船体が、雲に隠れ始めた。

 

「雲に完全に覆われたら一気に下降するぞ!」

「分かったわ!」

「アラン、あっちも下がり始めた」

「流石に気づかれたか……!」

 

 しかし、向こうとこちらでは高度の差がかなりある。このままいけば先に地上につけるはずだ。

 しかし、物事はそう上手くは進まない。 


「雲を抜けるぞ!アヤメ、全速で下降しろ!」

「アラン!右からくる!」

「面舵一杯!」

 

 その情報伝達のコンビネーションにより、余裕を持って砲弾の軌道上から離れ、再び下降を――。

 

「……ッ!!伏せろ!!」

 

 刹那、船体の横で、超質量の爆発が起こった。俺は咄嗟の反応で二人を抱え込み、可能な限り頭を伏せる。

 爆音と爆風で鼓膜がやられ、耳鳴りのし続ける頭を抑えながら、立ち上がる。俺も二人も幸い怪我はないようだ。

 

「榴弾――!」

 

 その存在を、あろうことか俺は忘れていた。空中で爆発し、金属の破片を辺りに撒き散らすそれは、確かに飛行船にとっては脅威になりうる。

 

「なんだったのよ今の!直撃はしてないわよね」

「アラン、怪我はない?」

「ああ。――それより、もうすぐこの船は落ちるぞ」 

「っ!?

 」

「え!?」

 

 そう、榴弾が、どうして飛行船の脅威なのか。それはひとえに撒き散らされる金属片による気嚢への攻撃だろう。基本的な浮遊を気嚢内の気体飛翔石を用いて行っているこの飛行船は、それを失うだけで簡単に墜落してしまう。

 今は残っている気体飛翔石でゆっくり下降できているが、いずれそれが尽きれば、重力に従って真っ逆さまに堕ちていくだろう。 


「詳しいことを説明している暇はない。今は俺の言うことに従ってくれ」

「――わかった。どうすればいいの?」

「もう少し高度が下がったら、この船から飛び降りる」

 

 出発前、ガリアからもしもの時のためと、緊急脱出用の落下傘を渡されていた。それを使うような事態にならないのが一番なのだが、現にこうして必要となってくると、ガリアには頭が上がらない。

 

「と、飛び降りる!?無理よそんなの!」

「大丈夫だ。二人とも、倉庫にでっかい布みたいなのが三つあるはずだからそれをとってきてくれないか?俺はここで見張りを続ける」


 さて、今のところあの三艘の艦は見えない。もし俺達を追ってきているなら今頃雲の中からその巨体を現しているだろうから、おそらくあきらめたのだろう。しかし、こちらは損傷を負って墜落中。一難去ってまた一難とはこのことだ。

 遠目にアルバヘムの王都を見る。原始の大陸、共栄の王国、というだけあって、王都全貌は視界に収まらぬほど広い。一陣の風が吹きすさび、俺は思わず目をつむった。その時だった。


『アラン・ユーリア、君を『海』で待ってる』


 まるで、その風たちに運ばれてきたかのように、俺の脳内に言葉が響いた。それは、聞き覚えのないはずなのに、どこか懐かしい声だった。

 そして、


 アラン・ユーリア


 それが俺の名前なのだと、そう気づくのにさほど時間はかからなかった。


  ✟


「ねえ、■■■」


「ん?なに?」


「私たちの歌を作らない?」


「歌?」


「そう、世界に一つだけの、私たちだけの歌」


「いいけど、どうして?」


「いつか私たちが離れちゃうときが来ても、歌を覚えていれば寂しくないでしょ?」


「なにいってんだよ■■■。俺たちが離れるわけないだろ?ずっと一緒だ」


「そうだけどー……ね、とにかくいいじゃん!」


「わかったわかった。でもどうやって作るんだ?」


「■■■、あれ得意でしょ?私が歌うからそれに合わせて!」


「いいぜ、じゃあいくぞ」


「「せーの――」」


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