10
「ちっ、さすがに数が多いぜ副隊長」
「俺たちの目的は可能な限り数を*減らす*ことだ。全て殺す必要はない」
「っていっても、ここから逃げ出すのにもさらに殺らなきゃいけないけど――な!」
そういって、レイ・ラギアは背後に迫る敵を見事な手際で一刀に臥す。それでも、彼の視界に敵国を示す旗は絶えることなく、気力をそいでいく。
「一点突破しかねえよ、どっか薄いところないのか」
「たぶん西側の隊の気が落ちてる。近くに奇襲を仕掛けられそうなところもあるし、どうにかいけるかもしれない」
「了解……じゃあ行くぜ!」
その掛け声とともに、アランとレイは疾走を始めた。周りに援護する味方はいない。自分たちだけがうまく切り離されたらしく、ここで死んでしまえば、あっちの作戦は完璧に成功となってしまう。それは絶対に避けなければならない。
「俺が切り込むから、レイはあぶれたやつの始末を頼む」
「了解だぜ、あともうひと踏ん張り……!」
そして、間もなくして、アランは猛攻を開始した。視野を最大限に広げた状態で、斬る、撃つ、斬る、撃つ。敵はそのあまりの速度に気づくこともなく一人、また一人と地に倒れていく。
「おい!”生き損ないだ”!」
そしてアランがその手で十人ほどを葬ったとき、ようやく隊はアランの存在に気づき、あわてて戦闘態勢に入った。アランは変わらず敵を殺し続けていたが、ついに討ち漏らしがアランの背後に回った。敵の持つ鈍く光るそれは振りかざされ、まっすぐにアランへと――
「させねえよっ!」
瞬間、鈍色同士が、金属と金属のぶつかる派手な音をまき散らしながら交差し、吹き飛ばされた――敵のものだけが。
「背後はカバーするぜ。なるべくお前の速度に合わせるから全力で行ってくれ」
「ああ、頼んだ」
そこにあるのは絶対の信頼、必死の戦場で、互いの背中を預け合い、ともに戦える以上に、それを証明できるものはないだろう。見ほれるようなチームワークで、次々と戦線を吹き散らし、ようやく見えた脱出の隙を、アランたちは見逃さなかった。
「よっし!抜けた!」
「このまま本隊に合流して援護する。まだ終わってないぞレイ」
「へいへい、全く人使いが荒いこって」
まるで尽きることのない体力。これはアランが身を粉にしてトレーニングを重ね、手に入れたものだ。もう二度と、フィリア隊長の時のような失態は冒さないと、そう決意したアランの、努力の結晶といっていいだろう。
「おい、なんかまずくねえか?あれ」
「ああ、押されてるな……」
しばらく走り、見えてきた本隊は、一見すると異常ないように見えてしまうが、長年の経験に基づくと、少し押され気味に思えた。
「どうしたんだ?あそこはチーシャとユーリが援護に回ってるはず……
「俺達と一緒なんじゃないか?どっかで包囲されてて身動きとれないとか」
「それはやばいな……よし、レイは本体の援護に回ってくれ、俺はユーリとチーシャを探し出す」
「了解だ。あれを一人でかよ……憂鬱だぜ」
「がんばれ、すぐに戻る」
アランたちはそこで二手に分かれ、それぞれ別々の目的を果たさんとより速度を上げて駆ける。風を切る音をシャットアウトし、あらゆる五感を一斉導入して脳に情報を送った。
――本隊からはそこまで離れていないはず、すぐに援護を受けられるよう陣地よりに誘導……敵からばれないよう見つかりにくいところ……俺たちが東に誘導されたなら、今度は――。
「南西方面の、丘の後ろ……!」
俺は目に入ってくる光景にフィルターをかけ、それを探し始める。
――ここか……!
案外すぐに見つかった。何せ今アランは、その丘を登っていたところだったのだから。
そして、丘の後ろに回ると、中隊規模が包囲陣形をとっている。ビンゴだ。アランは丘の緩やかな坂で速度を付け、背後から切り込んだ。奇襲攻撃も相まって、すぐに目的の場所へとたどり着く。
「大丈夫か」
「――っ!まずい後ろに……ってアラン!」
「なにいってんだよチーシャ、そんな都合よく――ってえぇ!?」
「よし、大丈夫そうだな。それより本隊がやばい。早くここを抜けるぞ」
「――いや、本来ならこれくらい私たちだけでも行けるんだけど……ユーリが……」
「あ、アラン!これは名誉の負傷であってけっして油断したとかじゃなくてな――」
「――足痛めてんのかよ……」
なるほど、それなら特攻隊のなかでもかなりの実力をもつユーリたちが身動き取れないのも納得がいく。とはいえ、かなり厳しい状況だ。いまのところ包囲している側はアランたちの危険さを知っているため、あくまでこの場に拘束するだけで積極的に戦闘はしないということらしいが、ユーリが負傷していると知られれば、攻撃されかねない。
「走れはするのか?」
「一応、だけどかなり遅い」
「さすがに私が担いで戦うっていうのは無理だし――」
「いや、チーシャが担いでいけ。俺がどうにか道は開く」
「そ、そんなの無茶だよ!」
「どうにかする、俺の背後から離れるな」
チーシャがユーリを担いだのを見届けて、アランは再び神経を研ぎ澄ませた。先ほどアランたちを囲っていたものと違って、いくらか包囲が薄い。抜けられそうではあるが、もちろん油断はできないだろう。
「いくぞ……!」
アランは右足に力をこめ、ぐっと加速を――
✟
「っは……!」
朝、突き立てられるような感覚に目が覚め、気づくと俺は体中に汗をかいていた。
「今のは、夢か……」
あまりに精密に再現された過去に、俺は起きてからもしばらく現実と夢との境があいまいなままで、実際いまでも耳の奥に剣戟と銃声と怒鳴り声が響いてくる。俺はきりきりと痛む頭を押さえながら、部屋を出て、甲板に上がり、新鮮な空気をめいっぱい肺に取り込んだ。ようやく収まってきた頭痛と、はっきりしてきた現実に、ほっと息を吐く。
「これが、罰……」
あの記憶を背負っていくということは、付きまとってくるのと同義だ。俺はこれからも夢に限らず、いろいろなところで苦しめられるのだろう。でも俺はそれをすべて受け入れ、墓場に持っていくと決めた。もう迷わない。もう自分から死のうなんてことは、絶対にしない。
改めて自分の思いを再確認し、両頬を強くたたいて気合を入れ直す。
「あいつら起こしに行くか」
一日が始まった。
そこからの三日間は、これといった出来事はなかった。朝起きて、二人を起こし、俺は風で少し流されてしまった分の角度調節を行い、持ち込んだトランプやチェスで遊んだり、日向ぼっこをしたり。ご飯は相変わらず貧相だったが、ままならないと我慢。水車の周りにできている水たまりで水浴びをし、体の清潔は保ちながら、空の旅を満喫する。
そして、四日目、ようやく原始の大陸、アルバヘムが見えてきており、俺も含めて気が緩んでいたころ、それは起こった。
「ねえ、アラン」
「なんだ?」
もうすぐ到着するということで、いつもより少し豪勢な昼ご飯を食べた後、雲の隙間から時々垣間見える大地を眺めていると、アヤメが俺に話しかけてくる。
「私たち以外にこうやって飛行船作って、空飛んでる人っているのかな」
「……どうだろうな、俺達には原理がよくわからないからこれを作るのがすごい難しいのかどうかもわからないし……でも、技術大国のリーベルニアなら作ってそうだけどな。――でも急にどうしたんだそんなこと?」
「昨日アイリスが自分達以外の飛行船を見たっていうから。たぶん見間違いか、夢だと思うけど」
戦慄。アヤメの言う通り、それがアイリスの見間違いや夢だという確率はほぼ百パーセントだろう。しかし、何かがひっかかる。嫌な予感がする。そして、俺の嫌な予感というのは、大変不本意だがよく当たる。
「――今アイリスはどこだ?」
「え?寝室だと思うけど」
「お前はここで辺りを見ててくれ、俺は話をしてくる」
「え、ちょっと、真に受けないでよ!」
俺は足早に寝室へ向かった。
「♪~」
扉の前に立つと、中から歌声が聞こえてくる。一瞬開けるのをためらったが、今はそれどころじゃないと思い直し、そっと扉を開けた。
「アイリス」
「――アラン?どうしたの」
「アヤメから聞いたんだけど、飛行船を見たって本当か?」
「……多分。昨日の夜、甲板で星を見てて、うしろを見たらすごい遠くに大きい船がいた――気がする。」
「もうちょっと詳しく――ッ!!」
轟、そんな音ともに、船体が大きく揺れた。そして俺には見えた。窓の外を巨大な鉛玉が通り過ぎていくのを。
「まずい……!アイリス、ここでおとなしくしててくれ」
あの鉛弾は、戦場で何度も見てきた。その一弾で、広範囲を吹き散らし、直撃を食らえば死は免れない。――大砲の弾だ。そしてここは雲の上、地上からの砲撃はあり得ない。つまり、これは同じ空からの攻撃、アイリスのいっていた別の飛行船からのもの。
更に、こちらに武装はなく反撃もできない。かといって空の上のため、逃げることもできない。かなり厳しい状況だと頭で瞬時に理解した俺は、アヤメを部屋に退避させるべく甲板に上がった。
「アヤメ!」
「アラン!後ろから、後ろから!」
「わかってる、いったん落ち着け。大丈夫だ」
「う、うん……でもどうするの?あんなの勝てっこないわよ」
「俺がどうにかする。アイリスと一緒に寝室にいてくれ。絶対に外に出てくるんじゃねえぞ」
「……死なないでよ」
「ああ。死ぬわけにはいかねえし、死ぬつもりもねえ」
すっかり気が動転してしまっているアヤメを落ち着かせ、寝室に送ると、俺は船尾から敵の様相を把握する。
とりあえず今見える敵飛行船は三艘。どれもガリアの作ったこの飛行船とは比べ物にならないほどの武装を持っている。今はまだ距離が離れているが、こちらは、動力に水車を使っているのに対し、あちらは見る限り蒸気を使っている。速度の差は相当のものだろう。直に追いつかれる。
さっきのは牽制砲撃だろうが、距離が詰まってくれば、集中砲火が始まる。そうなればもうなすすべなく堕ちるだけだ。
「もうちょいで着くってのに……、まてよ」
――逆に考えろ、先についてしまえばいいんだ。
敵船には、対地用の砲塔はついていない。つまり、先にアルバヘムの近くで着陸してしまえば、砲撃は来ず、もし白兵戦になっても、ある程度対処できる。だから、ここから、こちらの目的を気取られることなく、追いつかれることなく、砲弾に当たることなく地上にたどり着ければ――
「なんだよそれ……無茶すぎるだろ……」
それは、あまりに無謀な作戦――でも、
「やるしかねえ……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます