第132話 引き離し

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 ニャイは藪の裏に隠れているノルマルたちを背にして、四人に掻き分けられてできた何十メートルかある掻き分け道の先を閉ざしている茂みを見つめていた。


 茂みの向こうにはオークジェネラルの死体が転がっていてオークたちが騒いでいる。


 このままオークたちが立ち去ってくれれば何も問題はない。


 ミトンの魔力の回復を待って全員を治療して先へ進むだけだ。


 もしかしたら待っている間に前後の補給基地から王国兵たちが駆けつけてきてくれるかも知れない。


 オークたちが駆けつけた王国兵に追い払われさえすればニャイたちが次の村まで王国兵に急を知らせに行く必要もなくなり再び国都までの旅を再開すればいいだけだ。


 自分たちの存在を王国兵に教える必要もないだろう。


 ニャイは万が一オークに発見される事態に備えて入念に足の曲げ伸ばしをしていた。


 はたしてニャイの予感のとおり何十メートルか先の茂みがガサガサ揺れた。


 オークが、ひょっこりと顔を出した。


 オークはクンクンと辺りの匂いを嗅いでいる。


 やはり風に乗ってニャイの匂いが流れていたのだろう。


 確かにしばらく風呂に入っていない。


 ニャイは、こちらを覗き込んだオークと目が合った気がした。


 オークが下卑た目でにやりと笑った。ニャイが雌だと分かったようだ。


「来たわ。心配しすぎて出てこないでよ」


 ニャイは背中の藪越しにノルマルたちに小さく声をかけた。


 オークの全身が茂みを抜けて掻き分け道に現れた。


 その後からも別のオークが続々と出てくる。


 オークはニャイに向かって走りだした。


 武器は握らず素手のままニャイに掴みかかろうと手を伸ばしている。


「きゃー」と、ニャイは、わざとらしく大きな声を上げた。


 自分はオークの嗜虐心をうまく誘えただろうか? と、ニャイは考える。


 もしかしたらニャイの背後に潜んでいるノルマルたちの匂いもオークには届いているかも知れない。


 血を流している肉が固い雄と肉が柔らかく他にも使い道があるセクシーな雌。


 オークが空腹だったら血の匂いに引かれるかも知れないが補給基地への襲撃を成功させて満腹状態の今ならどちらをとるだろう?


 ノルマルたち三人から漂う肉の匂いよりも女であるニャイ一人の匂いの方が食欲だけでなく性欲も刺激するという意味でオークにとっては魅力的であるはずだ。


 目の前を、ふらふらと魅力的な雌が逃げていけばオークはニャイのほうを追いかけたくなるだろう。


 ニャイはオークジェネラルが転がっている村と村を結ぶ馬車道に対して直角方向に最短距離で到達するべく藪に突っ込んだ。


 素肌のむき出しになっている部分を枝葉で引っ掻くけれども気にしない。


 ニャイに向かって来るオークはノルマルが先頭になって掻き分けた道を、まず今までニャイがいた場所まで走り、そこで角度をつけて曲がってからニャイが現在掻き分けている道を走ることになる。


 距離的にはオークはニャイの倍以上を走る形だが、ニャイが藪をかき分けながら走らなければならないのに対してオークは既に掻き分けられた跡を走る形だ。走りやすさはオークが圧倒的に上だろう。


 その競争にニャイは勝った。


 ニャイは藪を突っ切り馬車が通るための広い道に飛び出した。


 ニャイが飛び出した場所よりも二十メートル程村寄りにオークジェネラルの死体が転がり近くに何人ものオークが立っていた。すべてのオークがニャイを追って掻き分け道へ踏み込んだわけではなかったのだ。


 ニャイはジェネラルの傍に立つオークたちを見た。


 飛び出してきたニャイの姿に道にいたオークたちは色めき立った。


 ニャイは自分が飛び出してきた掻き分け道も見る。


 後を追ってきたオークたちが必死の形相で迫って来るところだ。


 幸い、ニャイの背後に隠れていたノルマルたちは発見されてはいないようだった。


 馬車道のオークも掻き分け道のオークもどちらも並オークだけだ。


 よし!


「広い道に出たならこっちのもんよ。ただのオークがわたしに追いつけるもんなら追いついてみな!」


 ニャイはオークたちを挑発した。


 実際はオークにではなくノルマルたちに、自分は無事に道に出た、と伝える言葉だ。


 あわせて、相手が並オークばかりであるとも伝えている。


 そもそもの話としてニャイの言葉をオークたちは理解していないだろう。獲物が何か喚いたとしかとらないはずだ。


 ニャイはオークたちに背を向けると馬車道を次の補給基地目指して駆けだした。


 殺気だったオークたちが全員、ニャイの後を追って走り出す。


 ニャイは全速力で駆け去ってしまうのではなくオークたちを振り切らない程度に、そこそこの速さで逃げてみせた。


 ニャイという、ぶら下げられた餌に対して欲望に忠実なオークは追わざるを得ない。


 もはや、この場にニャイ以外の人間の匂いを嗅ぎつけていたオークがいたとしてもニャイを追いかけるのではなくノルマルたちを捜索しようという者はいなかった。


 オークの頭は目の前の雌猫を捕らえることだけで一杯だ。


 ニャイはノルマルたちからのオークの引き離しに成功した。

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