第131話 走り屋

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 ノルマルが頑張って藪を漕いで、ニャイたちは何十メートルか道と平行ではなく斜めに道からも村からも離れる方向にゆっくりと進んだ。


 道の脇に潜んでいたのでは何かの拍子に発見される恐れがある。


 かといって、村からも離れたかった。火が迫り煙に巻かれる危険がある。


「止まって」


 ある程度離れたところでニャイはノルマルに声をかけた。


 全員立ち止まった。


 ニャイは猫耳をぴくぴくさせて音を聞いた。


 オークがガヤガヤと騒いでいた。多分、オークジェネラルの死体がある場所だ。


「多分、オークが十人くらい。何オークかまでは分からない」


 ニャイは入手した情報を共有した。


 ニャイは本職の斥候でも何でもないから、人数は、ただの勘だ。


 二、三人よりは多そう。


 じゃあ五、六人?


 もう、ちょいかな。


 十人くらい。


 その程度の根拠だった。少なく見繕うよりはいいだろう。


 万全状態ではないにしても『同期集団』にとってはオークジェネラルさえいなければ並オークに肩書付が何人か混ざっていたとしても問題ない数だ。


 とはいえ、戦闘が始まると周辺からすぐに増援が集まってしまいそうだった。


 再びオークジェネラル以上が現れても厄介だし単純に多勢に無勢となる事態も避けたい。


「どうするの?」


 ニャイはノルマルに確認した。


「隠れていよう。見つかってから血路を切り開いたほうが良いだろう」


 そう、ノルマルは判断をした。


 こちらからオークに斬り込むのは論外としても、さらに進む、とは言わなかったノルマルに、ニャイは、らしくない・・・・・と感じた。


 音を立てて気付かれたくない、という理由だけではない。


 ノルマルが慎重策をとりたがる程度にはノルマルの傷は重いのだ。


 責任感から先頭に立って歩いていたが本当は休みたいところなのだろう。


 無理して先に進んで足の傷が悪化して動けなくなってからオークに見つかる事態と少しは余力を残してこの場で休んでいるところをオークに見つかる事態。


 どちらのリスクが高いだろうか?


 ノルマル判断では後者を選択するということだろう。


 もちろん、一番良いのはこのまま隠れていても全員が見つからないこと。


 次点はミトンが皆を回復し終わるまで見つからないこと。


 回復して全員が走れるようになりさえすれば一当てしてから走って逃げるという選択肢がとれるようになる。進路を塞がれさえしなければジェネラルがいても振り切れるだろう。


「あとどれくらいかかりそう?」


 ニャイはミトンに確認した。


「ごめん。もう何時間か」


 そりゃそうだ。普通は一晩寝て休む必要がある。


 ジェイジェイも、ぐったりしていた。


「そっか」


 及第点として、せめて現在走れない人間は見つからないこと。


 違う言いかたをするならば現在走れる人間だけ・・ならば見つかっても構わない。


 走れる人間はオークに追われても振り切って逃げきれる可能性がある。


 裸猿人族ヒューマンはオークより足が速く、猫人族キャッティー裸猿人族ヒューマンより足が速い。


 要するにニャイだけ・・ならばオークに見つかっても走って振り切れる。


 弓で射られたり魔法で撃たれたりしなければ。


 最悪なのは今すぐに全員が見つかることだ。


 ガヤガヤとオークたちは、まだ何か騒いでいる。


 周囲の捜索をしようと藪を覗いて奥に人が逃げた道があると気づかれてはたまらない。


 オークたちが深く考えさえしなければオークジェネラルを倒した犯人は、その場にいないのだから道を逃げ去ったと思うだろう。


 けれども、辺りの匂いを嗅いでいるオークがいるかも知れなかった。


 残念ながら、ニャイたちが潜んでいるこちら側は風上だ。


 煙に巻かれる危険を考えれば理想的だがオークに匂いを嗅ぎつけられてしまう可能性は否定できない。


 ノルマルは、見つかってから血路を切り開く、と言ったが血路を切り開く前にもう一手、相手を誘導して逃げる、という手があってもいいだろう。


 ニャイは、そのように考えた。


 最初に発見されるのは走って逃げられる人間だけにして、それ以外の人間は、もう一段階奥に隠れておく。


 発見された人間は、なるべく派手にオークの気を引きつけながら逃げて、オークがさらに周辺を捜索しようという気を起こさせないよう、意識を追跡に向かわせる。


 ニャイはミトンに再度訊いた。


「ほんのちょっとだけでも回復できない? 倒れた藪を少し復活させて目隠しにするくらい」


「それくらいなら多分。何で?」


 ニャイは最後尾にいるミトンの脇を抜けて後ろに戻った。その分、オークに近づいたことになる。再前衛だ。


「わたしはもう少し引き返すから、わたしとあんたたちの間の藪を回復して。わたしだけならば、オークに見つかっても振り切って逃げられる。あんたたちはそのまま隠れていて」


「そんなことさせられるわけないだろ」


 ノルマルが怒った口調で言った。


「念のためよ念のため」


 そう言っておきながらニャイには、念のためじゃすまないという予感がある。


「捕まったら殺されるだけじゃすまないんだぞ。念のためで済んでも、そんな危ない真似させたなんて後でバッシュに言えるか!」


「でも、いい作戦でしょ。他の誰かが走れるのならお願いするけれども今はわたししか走れないし、わたしの足が一番速い。思い付いたのに全力を尽くさない人間は多分バッシュさん、好きじゃないと思うんだ」


 恐らくそうだろう。『同期集団』の誰もがバッシュの性格は分かっている。


 いや。そうだとしてもニャイにそんな真似はさせないはずだ。


「もし見つかったら派手に大声出して逃げるから勘違いして飛び出してこないでよ。道まで先に出られれば振り切れるはずだから。道に出たら何か叫ぶわ」


 もう話は終わり、とばかりにニャイは、さらに少し引き返した。


 その場で屈伸を始める。ニャイは足を曲げたり伸ばしたりしながらミトンに、「やって」とミトンの目の前の倒れている藪を指さした。


「無理するなよ。道まで出られそうになかったらすぐ呼べよ」とノルマル。


 ニャイは、にやりと不敵に笑った。


「田舎じゃ走り屋だったのよ。駆けっこだけど」


 ミトンが藪を回復させた。


 ニャイは一人になった。

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