第130話 事務職

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 ジェイジェイは這うようにして、ミトンはよろよろと、ニャイの元にやって来た。


 四人の中で一番怪我が軽いのはミトンだろう。


 直接的にオークジェネラルから受けた攻撃はジェイジェイを投げつけられただけだ。


 ノルマルは右足の脛が、ざくりと斬れている。傷は骨まで達していた。脛あてがなければ切断されていたに違いない。


 ジェイジェイは満身創痍だ。


 もともと貧弱な魔法職なのに持ち上げられて投げられた上、渾身の蹴りを受けて吹き飛ばされた。骨だって何本か折れているだろう。


 ニャイもそうだ。


 ジェネラルに地面に突き倒されて巨体で乗られた。


 その際に肋骨が何本か折れていた。


 普段は着ない革鎧を身に着けていなければ、もっとひどかっただろう。


 猫人族キャッティーは身が軽い分、裸猿人族ヒューマンより華奢きゃしゃだ。簡単に骨が折れる。


 ニャイは立てずに地面に身を起こした体勢のまま村の中を見た。


 炎は道を閉鎖するようにまだ赤々と燃え盛っていた。


 道からオークは追ってきていない。


 追うつもりのあるオークは、今頃、村を回り込んでいるところだろう。


 だとしたら時間の問題だ。悠長に道の真ん中で回復をしていたら、すぐに見つけられて並オークにすらとどめを刺されてしまう。治療の時間を稼がなければ。


「ひとまず隠れよう」とノルマル。


 ノルマルは足を引きずりながら藪に分け入った。


 ジェイジェイが這って続いた。


 ニャイも何とか立ち上がって後を追った。


 ミトンが素早く付近に残された各人の荷物を回収した。


 ミトンは最後に藪の中に入って押し倒した道端の藪に回復呪文をかけて元に戻した。


 ニャイたちの姿は道からは完全に見えなくなった。


 ニャイは、けほ、と咳をした。


 口の中に血の味が広がった。


 唾を吐くと赤い。


 折れた肋骨で肺を傷つけたようだった。


 息が、うまくできない。


 ミトンが回復呪文をニャイにかけた。


 体内の傷が癒されていく。


「ポーションも飲んどいて」


 ミトンが補足した。


 ニャイは背中からリュックサックを下ろすとポーションを取りだし、ごくごく飲んだ。


 ジェネラルに乗られた際、背中と地面の間に挟まれて潰されたのに割れてはいなかった。強化瓶だ。


 ミトンはジェイジェイにも回復呪文をかけた。


 ぐったりしていたジェイジェイが少しはマシになった。


 ポーションよりも回復呪文のほうが即効性はある。


 ノルマルは取り急ぎ自分で傷口にポーションをかけつつ飲んでいた。


 露出した骨は見えなくなっていたが、まだ血は出ていた。


「ごめん。魔力が足りないみたい。休まないと無理だ」


 自分の治療は後回しにしていたミトンが青白い顔でノルマルに心底すまなそうに言ってへたりこんだ。


 不足した治療にポーションを使った。


 すぐにもオークに見つかって戦闘になる可能性があるため、ポーションの出し惜しみはしなかった。急いで戦える体に戻るためだ。


 それでも全快とまではいかない。


 少なくともノルマルは足を引きずる必要があるだろう。


 ジェイジェイとミトンも全力疾走は難しそうだ。


 ミトンの呪文で代替が利くポーションより不足が懸念される食料を多めに持ってきていた。


 ミトンが再び回復呪文を使えるようになるまでミトンの魔力の回復を待つ必要がある。


 とはいえ、探索者ではなく痛みにも慣れていないニャイは優先的に回復を受けていた。


 お陰でニャイだけは全快だ。十分走れる。


 ノルマルが脛に包帯を巻きつつニャイを茶化した。


「ギルドの職員やめて探索者やれよ。俺よりも前衛向きだ」


「あんたねぇ。魔法職と回復職と事務職・・・に肉弾戦させるなんて、それでも戦士職なの!」


「全く面目ない」


 ノルマルは笑いながら頭を掻いた。


 ノルマルもミトンもジェイジェイも満足には走れない。


 このまま道に出て逃げようとしたところで、すぐにオークに追いつかれるだろう。


 だからといって、ミトンが治療を出来るようになるまで、この場で藪の中に潜んでいるままではいられない。距離的に匂いを嗅ぎつけられてしまいそうだ。


 となると藪の中を少しでも離れるしかないだろう。


「ノルマル、先頭」


 ニャイは足を引きずるノルマルに藪を漕いで先頭を歩けと指示を出した。


 わざわざニャイがそんな言葉を口に出さなくても、責任感からノルマルは先頭に立って歩いただろう。


 ニャイを茶化して笑ってはいたものの、オークジェネラルとの戦闘で自分が役に立たなかったとノルマルが気にしているのは明らかだった。


 付き合いが長いニャイたちには分かる。


 茶化し返したほうがノルマルは気が楽になるだろう。


「はい、隊長」


 案の定、ノルマルは嬉しそうに敬礼をした。

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