第129話 狙いどおり

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「馬鹿、できるわけないだろう」


 ノルマルがニャイをいさめた。


「でも見てよ。あいつ、あんたなんか見てないわよ」


 ニャイの言うとおりだった。


 ノルマルたちがオークジェネラルを絶望的な強敵と感じている思いと反比例するようにオークジェネラルにとってノルマルたちの存在は眼中になかった。


 ノルマルたちが正面から何をしてきたところで問題なく対処できるという認識なのだろう。目で追う必要すらないのだ。


 ニャイを捕らえたい一心からかジェネラルはニャイだけを目で追っていた。


「わたしは逃げるのに集中するから」


 言いおいて、ノルマルが止める間もなくニャイは道の右側の端に思い切り寄った。


 ノルマルよりもさらに前に出る。


 摺り足で、じりじりとジェネラルに近づいて挑発した。


 チャンスがあるとしたらジェネラルがノルマルたちを舐めている今の内だ。


 ノルマルたちの腕がそれなりに立つとジェネラルが認識したならば流石にニャイにかまけたりはしないだろう。


 ノルマルたちとの戦闘に本気になられてしまうと討伐適正パーティーランクに人数的に満ちていない地力の差で敗れてしまう。


 ジェネラルが心持ち体をニャイに向けた。


 ニャイは摺り足。


 じりじりとジェネラルに寄っていく。


 できれば、そのまま脇を通らせてもらって村の外に出してもらえるとありがたい。


 じりじり。


 ある一線を越えた瞬間、突然、ジェネラルはニャイの足を刈りに来た。


 ジェネラルはニャイに向かって大きく踏み込みながら両手で握った大剣を横薙ぎにした。


 単純に、足がなければ逃げられなくなる、という考えからだろう。


 ジェネラルの欲求を満たすにあたってニャイが五体満足である必要はないようだ。


 ニャイに戦闘の経験はない。


 生まれ持った猫人族キャッティーとしての運動能力だけが頼りだった。


 ニャイは背後に大きく跳躍した。


 幸い、裸猿人族ヒューマンやオークが助走無しで背後に跳躍できる距離よりも身が軽い猫人族キャッティーができる跳躍距離の方が長かった。


 ジェネラルの想定以上にニャイは離れた。


 ジェネラルは大剣を薙いだ勢いのままニャイを追いかけるように前に出た。


 ニャイを追い前に出ようとするジェネラルの眼前にジェイジェイが火の玉を飛ばした。


 ジェネラルの眼前に火球。


 ジェネラルは咄嗟に大剣から左手を放すと火球を受けた。


 粘着質の火球が割れてジェネラルの腕に付く。


 ミトンの風呪文。


 風はジェネラルの左手についた火を煽って燃え上がらせた。左腕が全て火に包まれる。


 構わず、ジェネラルは、さらに前へ出た。


 近づかれたニャイは再度後ろへ跳んだ。


 ニャイを追う動きは同時にジェネラルの体を道の端に寄せている。


 空いた道の反対側をジェネラルの背後に回り込もうとしてノルマルが駆けた。


 ジェネラルは右手一本で握っている大剣を振るようにしてノルマルに投げつけた。


 回転しながら大剣がノルマルに飛んでいく。


 咄嗟にノルマルは自分の剣で飛んでくる大剣を弾くが止まらなかった。


 弾かれて向きが変わった大剣は回転したままノルマルの右足の脛をざくりと斬って地面に落ちた。


 ノルマルが転倒する。


 ジェネラルは逃げていくニャイに追いついた。


 ぶつかるようにしてニャイを倒す。


 倒れたニャイにジェネラルがのしかかった。


 ニャイは潰されて、みしみしと全身の骨が鳴った。


 ミトンがメイスでジェネラルに打ちかかる。


 ジェネラルはニャイに跨ったまま打ちつけられたメイスを掴んだ。


 ミトンに押し返す。


 ミトンは力づくで後方に弾かれ倒された。


 ジェイジェイがジェネラルの背中にナイフを突き立ててしがみつく。


 ぐおおう、というジェネラルの咆哮。


 ジェイジェイは振り落とされまいと左手でジェネラルの頭にしがみつきながら右手でジェネラルの背中に刺したナイフを押し込んでいる。


 ジェネラルがジェイジェイにしがみつかれたまま立ち上がった。


 まだ燃えている左手と無事な右手をそれぞれ頭の後ろに回して、触れたジェイジェイの体を無理やりにつかんで引きはがすと頭上に持ち上げ、倒れているミトンめがけて投げ付けた。


 ミトンとジェイジェイがぶつかり合って動かなくなる。


 それでもジェネラルは怒りが収まらぬ様子で転がっているジェイジェイのほうへと近づいていく。


 ニャイは、けほ、と息を吐いた。


 肋骨が痛んだ。


 ジェネラルが、のしのしとジェイジェイに近づいていく様を目で追った。


 ジェネラルの広い背中には半ばまで刃が埋まったナイフが生えていた。


 ジェイジェイの成果だ。


 よろよろとニャイは立ち上がった。


 ジェネラルがジェイジェイを蹴とばした。


 吹き飛んだジェイジェイが地面を二転三転した。


 ジェネラルはミトンに狙いを付けた。


 ニャイは駆けた。


 折れた肋骨の先が胸の内側のどこかに刺さっている気がしたけれども関係ない。


 ミトンを狙っているためジェネラルの背中はニャイに向いていた。


 半ばまで刺さったナイフが、いい感じにニャイを誘っている。


 ニャイはジェネラルの背中を目指して駆けると、自分の体が足を先に地面と平行か足先側が上を向くようにジャンプをして空中で左右の足を揃えた。


 駆けて跳んだ勢いのまま両足でジェネラルの背中を蹴る。


 ニャイは足の裏でジェネラルの背中に刺さったナイフを深く押し込んだ。


 ニャイは、そのまま受け身も取れずに地面に落ちた。


 ジェネラルの背中にナイフがずぶりと根元まで深く突き刺さった。


 ジェネラルはニャイに蹴られた勢いのままミトンを圧し潰すように前のめりに倒れた。


 ジェネラルは口から血を吐いている。


 ナイフは背中から深々とジェネラルの心臓を貫いていた。


 予定とは少し違ったがジェイジェイの狙いどおりだ。


 ニャイは痛みをこらえながら身を起こした。


「やったな」


 ざっくりと斬れて血を流している右足を引きずりながら、ノルマルがやってきた。


 ジェイジェイとミトンも身を起こした。


 ジェネラルは起きては来なかった。

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