第128話 欲望

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 ニャイを先頭に、ノルマル、ミトン、ジェイジェイの順に村内を駆けた。


 種族的な足の速さは裸猿人族ヒューマンよりも猫人族キャッティーのほうがまさっている。せーの、で走りだせば先頭がニャイになるのは必然だった。


 背後から、わきゃわきゃとオークの群れが追って来る。


 力では敵わないが一般的なオークよりは裸猿人族ヒューマンのほうが、足が速い。


 左右を家と家に挟まれた場所までオークの群れを引き付けてから、ジェイジェイがいつもの連発する小玉ではない巨大な火の玉をオークに放った。


 炎が追って来るオークの群れを包み込む。


 ミトンがすかさず風で煽った。


 オークは一斉に全身を焼かれてのたうち回る。


 小さな村なので、その気になれば突っ切るのは一瞬だ。


 せいぜい百メートルの範囲に十数軒の家が密集して建つだけの村だった。


 ミトンが風で炎を煽って家から家へとオークを燃やす炎を燃え移らせていく。


 村内を通ってオークが追って来られないようにするためだ。


 道に停められたままの空の荷馬車も燃え上がった。


 獣道の起点である村の入口周辺の藪には、すでに火をつけていたので、村内を通らずにオークがニャイたちを追うためには村の周囲の藪の中を相当大回りしなければならない。


 できれば、このままぶっちぎって逃げたかった。


 村を抜け、ひたすら道を走って次の補給基地となっている村までオークに追いつかれずに辿り着きたい。そこには別の王国兵がいるはずだ。


 それ以前の話として村全体が燃えた際にあがる煙は前後の補給基地からも見えるだろう。


 何事かと王国兵たちが状況を確認に来るはずだ。


 道を補修中の王国兵たちも戻るに違いない。


 多分、このまま村を出て道をいくらか先へ進めば向かって来る王国兵に会えるだろう。


 村の反対側出口までもう少し。


 だが、先頭を走るニャイは足を止めた。


 左手を真横に伸ばしてノルマルを制止した。


 ノルマルが足を止めた。


 ミトンとジェイジェイも立ち止まった。


「どうした?」とノルマル。


 ニャイは鼻をくんくんさせた。


「待伏せよ」


 ニャイたちの立ち止まる動きを察したのか村内最後の家の陰から堂々とした足取りでオークが出てきた。


 もし、ノルマルが誰もいないつもりでそのまま止まらずに駆けていれば真横から不意打ちを受けていただろう。


 オークはニャイたちの進路を塞ぐように道の真ん中に立ちはだかった。


 一人だ。但し、身長が二メートルを超えている。


 抜き身の大剣を握っていた。


 ノルマルが絶望したかのように天を仰いだ。


「そりゃ、指揮官がいるはずだよな」


 悲痛な声だった。


 ニャイは驚いた。そんな弱気のノルマルの声なんか聞いた覚えがない。


 ジェイジェイが、ぶっきらぼうな口調でノルマルの後を継いだ。


「近頃、ジェネラルが大安売りだ」


 オークはオークジェネラルだった。


 オークたちが村を襲って得た戦利品を持ち帰る間、村に残された見張りがアーチャーと並オークだけであるわけがなかった。


 現場指揮官となるリーダー役がいるはずだ。アーチャーには荷が重い。


 もしかしたらニャイたちが獣道から村に入った時、ジェネラルは偶々アーチャーたちが潜んでいた家から場所を外していたタイミングだったのかも知れない。


 もしかしたらジェネラルはノルマルたちの相手はアーチャーたちで十分に務まると思って、わざわざ自分は出ては来ていなかったのかも知れない。


 もしかしたらもっと単純にジェネラルの見張りの担当は村の反対側である、ここだったのかも知れない。


 いずれにしても、今、ニャイたちの行く手はオークジェネラルに阻まれていた。


 ジェネラルは、ぷっくらと鼻の穴を膨らませてニヤニヤと笑っている。


 オークジェネラルの討伐適正パーティー・・・・・ランクはC。


 一般論としてCランクパーティーならば一対一パーティーで戦っても勝てるでしょうという相手だった。


 ノルマルがニャイを庇うように剣を構えてスッと前に出た。


 その際、ニャイはちらりとノルマルの顔を見た。


 悲壮な顔だ。


 ジェネラルは前に出てきたノルマルには興味はなさそうだ。


 ノルマルよりも下がったニャイを目で追っていた。


 ニャイは振り返って村内の道を見た。


 炎に阻まれて他のオークたちは追って来てはいなかった。


 このジェネラルさえ素早く倒せれば逃げ切れる。


 はずだ。


 ついでにミトンとジェイジェイの顔も見た。


 二人とも厳しい表情でオークジェネラルを睨んでいた。


 ニャイにはオークジェネラルの実際の強さがぴんと来ない。


 ニャイからすれば並オークもオークアーチャーも強敵だ。


 バッシュがいないので、理屈上、現在の『同期集団』はCランクパーティーだ。


 但し、ギルドが討伐適正パーティー・・・・・ランクと言う際の適正人数は四人以上だ。


 この場に人数は確かに四人いる。けれども実質的に戦えるのは三人だった。戦えないニャイを数に含めたらCランクどころではない。


 ノルマルに続いてミトンとジェイジェイもニャイの前に出た。


 ジェネラルは、やはりミトンでもジェイジェイでもなくニャイを目で追った。


 ジェネラルには前の三人は眼中にないらしい。


『何で?』


 オークジェネラルが鼻の穴を膨らませて匂いを吸った。


 ニャイは思い至った。


 猫人族キャッティー裸猿人族ヒューマンより勝っている点は足の速さだけではない。鼻の利きも勝っていた。オークも鼻の利きは裸猿人族ヒューマンより良い。


 アルティア神聖国に入って以来、風呂に入っていない自分が匂う事実をニャイはわかっていた。


『こいつ、わたしを狙ってるんだ!』


 食欲を満たした雄オークの次の狙いは性欲だった。


 ニャイは、ぞっとした。


 オークにそういう目にあわされるのは勿論、そういう目で見られた事実に吐き気がする。


 けれども、そういう目的にわたしを使うつもりならば、いきなり真っ二つにはしないだろう。


 それとも手足がなくなったくらいは気にしないのかな?


 散々、武勇伝を聞いてきたからニャイは『同期集団』の得意戦法を知っていた。


 最前衛バッシュが囮を務めて誰かが背後から相手の隙を突く、だ。


 その戦法で、つい先頃もオークジェネラルを倒している。


 その際の三人は、今、この場にいた。


 いないのは囮役だ。


「俺が気を引く。隙を見て二人で頼む」


 ノルマルがミトンとジェイジェイに指示を出した。


「いいえ」とニャイは言った。


 ミトンとジェイジェイを追い越してニャイはノルマルの脇に立った。


「わたしが気を引く」


 思ったとおりジェネラルは前に出てきたニャイを目で追った。

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