第127話 待伏せ

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 四人が出てきたばかりの獣道からオークが一人、放牧場前に飛び出してきた。


 並オークだ。


 ジェイジェイの掌から素早く放たれた火の玉が宙を飛びオークの顔面に直撃した。


 粘着質の炎がオークの顔に張り付いて肉を焼く。


 咄嗟に炎を手で擦りとろうとしたオークの側頭部にミトンがメイスを叩きつけた。


 頭を割られたオークが地面に転がった。


 続けてもう一人、並オークが獣道から飛び出してきた。


 抜剣と同時にノルマルが首を刎ねた。


「村からも!」


 ニャイが声を上げた。


 ノルマルたちが振り向くと廃屋から飛び出した数人のオークが、こちらに向かって駆けてくるところだった。


 並オーク。


 並オーク。


 並オーク。


 オークアーチャーだ。


 アーチャーは足を踏ん張り既に弓を引き絞っていた。


 射った。


 風を切る音を立てて矢が飛んでくる。


 標的はミトンだ。まず回復役から削ろうというアーチャーの判断だろう。


 ミトンは風の呪文で矢を逸らした。


 矢は地面に突き立った。


「ニャイ、下がれ」


 ノルマルがニャイの前に出た。


 ニャイを目指してくる下卑た並オークの進路を塞ぐようにノルマルは並オークに向かって駆けていく。


 アーチャーの弓から矢が放たれた時にはジェイジェイの掌からも火の玉が飛んでいた。


 火の玉は並オークに向かって駆けていくノルマルの脇を追い越しアーチャーの胸に着弾した。


 続いてもう一発。


 アーチャーは後方に吹き飛ぶと背中から地面に倒れ込んだ。


 動かない。仰向けに転がった腹から胸にかけてぶすぶすと燃えている。即死だろう。


 ざんざんざんとノルマルが並オークの首を跳ね飛ばした。


 戦闘終了。


 ノルマルたちは合計六人のオークを瞬く間に全滅させた。


 ノルマルのもとに、ニャイ、ジェイジェイ、ミトンが集まった。


「オークがどこから出てきたか見たか?」


 ノルマルはニャイに確認した。


「あの家」


 ニャイは正面に立つ一軒の家を指さした。


 オークたちは家の陰から出てきたのではなく完全に家の中から出てきていた。


 窓からニャイたちが現在立っている場所を経て放牧場や村の入口あたりまでが、よく見える場所にある家だ。オークたちは家の中に隠れて外の様子を窺っていたに違いない。


「完全に待伏せだな」


 ノルマルが結論付けた。


 恐らく一時間か二時間程前に補給基地はオークに奇襲されて王国兵たちは敗北した。


 オークたちは積み上げられていた補給物資を奪うと馬を連れて藪の中に獣道を作りながら自分たちの拠点に運び去った。倒した人間の死体と倒された身内の死体も持ち去った。


 そういう事件があったのであろうと想像された。


 ニャイたちは、そんなオークが荷物を運搬する際にできた獣道に途中から入り込んで逆向きに村に向かって進んだのだ。


 オークたちは自分たちの襲撃の事実を隠すために血に土をかけて戦闘の跡を隠し、見張りを残していた。


 村で待伏せをしていたオークたちとしては村に入って来たニャイたちが自分たちの潜んでいる家にもっと近づいてから襲い掛かろうと考えていたのだろう。


 けれども、偶々早めに獣道を戻って来た二人のオークが目の前で背中を向けている獲物に我慢できなくなって襲い掛かってしまった。雌であるニャイに魅かれたのかも知れない。


 待伏せしていたオークたちも慌てて獲物を挟み撃ちにするべく家を飛び出したが逆に一瞬で返り討ちに。そういう状況だ。


 オークの襲撃時に補給基地に何人の王国兵がいたのかはわからない。


 数人から十数人、多くても二、三十人までだろう。


 夜間は戻ってくるのかも知れないが、この基地を拠点とする王国兵の多くは少なくとも日中は物資の運搬と道路整備で出払っているはずだ。


 オークが戦闘の跡をカモフラージュしてまで潜んでいた理由は、まだ、この場所を狩り場として利用するつもりがあるからだと考えられた。夜間に戻る残りの王国兵狙いだ。


 場合によっては明日以降も、この補給基地に寄る王国の馬車を狩り続けるつもりなのかも知れない。


 現在地は王国の駐屯地からもアルティア神聖国の国都からも一番遠方だ。


 事態を知って討伐部隊がやってくるまでには時間がかかる場所だった。


 そこまで考えて、いくつもある補給基地の中から、オークがこの場所を選んだのだとしたら良く考えられた行動だ。短絡的な並オークの考えではないだろう。


 ニャイたちにとって幸運だったのはここを襲ったオークたちの多くが、見張りを除いてひとまず戦利品を運ぶために自拠点へ戻っていたことだ。藪の中で荷馬車を引っ張る行為はできないから馬に積んだり手分けして運んだに違いない。オークは怪力だ。


 だから、空荷の荷馬車だけが補給基地内には残っていた。


「そういえば今日は帰って来る空の荷馬車隊と擦れ違ってないな」


 ノルマルが思い付きを口にした。


 もしかしたら空荷の馬車はこの村までは来たのかもしれないが、この村からは出られなかった。そう考えると擦れ違わなかった理由が説明出来る。


 逆に駐屯地方面から来た荷を積んだ馬車には追い抜かれていた。


 もちろん実際にはノルマルが遠方に点のような馬車を発見した時点で素早く藪に分け入って隠れてやり過ごすので擦れ違う際も追い抜かれる際も馬車の側は気づいていない。


 追い抜いて行った馬車も村を通過して先に進んだのでなければ、この村でオークの襲撃を受けたのだろう。


 とはいえ、最大三十人規模の王国兵を奇襲とはいえ簡単に全滅させられるオークは何人だろう?


 よく言われる、攻撃側は防衛側の三倍の人数が必要という話を当てはめれば百人以上のオークに襲われていても不思議はない。


 いずれにしても、ニャイを除く『同期集団』の三人では対処しきれる数ではなかった。


 全員戻ってきたら終りだ。


「すぐここを離れる」


 ノルマルが真剣な顔で宣言した。


「戻るぞ。王国兵にオークの襲撃を伝えよう」


 道路を駐屯地方面へ駆け戻るのだ。


 自分たちの潜入が王国軍の知るところになってしまうが仕方ない。


 王国兵がオークの襲撃で全滅した事実を知って先に進んでしまうわけにもいかなかった。


 食用魔物を追いかけていたら入り込んでいた、とライネットに言い逃れをしてもらおう。


 ニャイたちは駐屯地方面へ振り向いた。目指すは一つ手前の補給基地だ。


 けれども、遅かった。


 獣道から三人目の並オークが飛び出してきた。


 続いて四人目。


 さらに後続が続いていそうだ。


 ジェイジェイが火の玉を続けざまに獣道周辺の藪に向かって撃ち込んだ。


 三発。四発。五発。所かまわず火の玉を撃つ。


 ミトンが風の呪文で火の玉が撃ち込まれた藪を煽った。


 強風に煽られて瞬く間に藪は赤々と燃え上がった。


 ノルマルが三人目と四人目のオークを斬り捨てた。


 後続のオークは炎に阻まれて、まだ出てこない。


 炎の向こうで、ぎゃあぎゃあと大声を上げていた。


 戻るつもりだった道路に藪をかき分けてオークが出てきた。


「戻るのは駄目だ」


 ノルマルが悲痛な声で宣言した。


「村を突っ切って先へ進む。次の補給基地まで走るんだ」

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