第126話 痕跡
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「変だ。馬が一頭も見当たらない」
ノルマルが前方に見える村とこれまでに通りすぎてきた村の違いを口にした。
ノルマルの言うとおり前方にある村でも村の周囲に仮拵えの木柵による放牧場がつくられていたが中には一頭の馬もいなかった。
馬の世話をしている人間の姿もない。
ストックされているはずの物資の山も見当たらなかった。
まるで王国軍は放牧場をつくりはしたものの補給基地として使わずに廃村のまま放置したかのようだ。
王国軍とて事前にルートの下見をした上で補給基地の場所を選定しているはずだ。
だからあまり考えられないことだが、例えば目の前の村から次の村が近くて、次の村のほうが補給基地として使うには条件が良かったため、せっかくつくった放牧場は使わずに通り過ぎた。そういった状況ならばあり得るだろうか?
ノルマルは自分には見えている村の様子を、ニャイ、ミトン、ジェイジェイに実況した。
実況されたところで、三人にも理由は分からない。
村まで行けば何か分かるかもしれないが、いずれにしても村に近づく予定はなかった。
村があった場合は誰かに見つからないように藪に入って迂回するだけだ。
ノルマルを先頭に藪に分け入る。
ノルマル、ジェイジェイ、ニャイ、ミトンの順だった。
最後尾のミトンまで藪に入り十メートル程進んだ地点でミトンは立ち止まると背後を振り返った。
人が分け入って踏み倒したために、藪の中に、くっきりと人が歩いた跡が残っている。
道路から見れば、ここから人が藪に分け入ったという事実は一目瞭然であるはずだ。
ミトンが踏み倒された藪に対して回復呪文をかけた。
倒れた藪が立ち上がり瞬く間に視界を覆いつくしていく。
藪は元通りに復活した。
道路から見たところで藪に分け入った人間がいるとは見抜けないはずである。
発見される恐れはない。
ノルマルが力づくでガサガサ藪を押し退けるようにして歩いていく。
道路と直角方向にしばらく進んでから道路と平行方向に向きを変えて進み村を越えてしばらくした場所まで到達したならば、再び、直角に曲がって道路に戻る。
今まで、そのようにしてノルマルたちはアルティア神聖国内を進んできた。
目算だが現在地は駐屯地から国都までの全行程のほぼ半ばあたりだろう。
ある意味、駐屯地からも国都からも最も遠い場所にあたる。
「お」と先頭を歩くノルマルが声を上げた。
密集した藪が切れて、やや広い
途端に歩きやすくなる。
一メートル弱の幅で藪が踏み倒されて獣道が続いていた。
うまい具合に元々歩いていた道とは平行の方向だ。
獣道に倒れている藪はノルマルたちが進みたい向きに対して植物の頭をこちら側に向けて倒れているので、この獣道を切り開いた何らかの獣はノルマルたちとは逆方向に進んだのだろうことがわかる。
変わらずノルマルを先頭にして同じ順番のまま獣道を進んだ。
倒れている植物の向きに逆行して歩く形だが立っている藪を倒しながら進むよりは遥かに楽だ。
ノルマルは藪をかき分けていく困難さに比べて圧倒的に歩きやすくなった状況に気を良くした。
ひたすら歩けば良いだけとなり、つい、獣道が次第に向きを曲げていくことに対して鈍感になった。
獣道は元々の道と完全に平行のままであるわけではなく、わずかに向きを変えながら次第に元々の道へと近づいていた。このままでは近く前方で合流するだろう。
合流地点が村よりも先であれば問題はない。
生憎、わずかに手前だった。
丁度、仮拵えの放牧場の脇である。
要するに獣道をつくった獣は放牧場にいたはずの馬たちという可能性が高かった。
誰かが放牧場の馬たちを、藪の中を歩かせて移動させたのだ。
その獣道を逆に進んだため、ノルマルたちは、うっかり廃村に出てしまった。
「うわっ」
村内に飛び出したノルマルは慌てて獣道に跳び戻った。
誰かに発見されなかったかと息を潜める。
反応は何もなかった。
獣道から見たノルマルの目の前には放牧場の柵囲いがあり、囲いの先には連なるようにして廃屋が立ち並んでいる。
村の中まで伸び放題になっていた草は大まかに刈り取られていた。王国兵が頑張ったのだろう。
遠目で見たとおり放牧場内に馬はいなかった。
人もいない。
村を貫通して通るメインの道路沿いにも人の姿は見受けられなかった。
集積されているはずの荷物もない。
ただし、なぜだか空荷の馬車だけが置き去りにされていた。馬は繋がれていない。
「どういうことだ?」
ノルマルたちは獣道から慎重に村の中に入った。
なぜか地面の所々に土が撒かれた跡がある。
乾けば見分けがつかなくなるのだろうが撒かれてから、まだあまり時間が経っていなそうな土は色が変わっているため撒いたばかりという事実が明らかだった。
補修部隊が水たまりの凹凸を埋めた跡だろうか?
ノルマルが試しに踏んでみたところ、ぐにゃりと凹んだ。
足を上げると凹んだ足跡の内に液体が染み出てくる。
赤い。
ノルマルは、しゃがみこみ液体を人差し指の先につけると親指と人差し指で擦り合わせてから匂いを嗅いだ。
「血だ」
土は、この場で流された血の痕跡を隠すために撒かれていた。
撒かれた土がすべて血の痕跡を隠したものだとすると相当規模の戦闘が行われたに違いない。
土の変色具合を考えると戦闘からそう時間は経っていないだろう。一時間前か二時間前か。せいぜいそんなところだ。
まさか、この場に王国兵がいない理由は戦死したため。
もしくは戦闘で村を離れたのか?
その時、四人の最後尾にいたミトンが声を上げた。
「オーク!」
四人が出てきたばかりの獣道からオークが村内に飛び出した。
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