第124話 寿

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 ニャイは自分が辿り着いた考えをライネットたちに説明した。


 王国に『半血ハーフ・ブラッド』との接点パイプがなく、バッシュが『半血ハーフ・ブラッド』にそれなりに顔が知れているとしたらあり得なくもない話だ。


 というよりあり得そうだ。ただ、拘束をしておくだけより、よほど使い道がある。


「だとすると軍は思い切り協定違反だな」


 ライネットが唸るようにつぶやいた。


 探索者を国家紛争に協力させるために軍が勝手に戦地へ連れて行くなど探索者ギルドとしては認められない。


 もし探索者を傭兵として雇うにしても工夫が必要だ。この場合、ギルドに黙ってこっそり連れて行ってしまう行為こそが、その工夫に当たるのかもしれないが。


 こっそり連れて行って、こっそり連れて帰るのだ。


 もちろん、戦時中に協定など知ったことかという自分勝手な考え方もあるだろう。


 いずれにしてもふざけた話だ。


「厳重抗議しましょう」


 ニャイがライネットに掴みかかりそうな勢いで声を上げた。


「いや。それはやめたほうがいいだろう」


 ライネットは真剣な面持ちで首を振った。


「もし本当にバッシュくんが戦地にいた場合、ギルドに事実を指摘されて軍の責任者が謝罪する事態になるくらいなら、秘密裏にバッシュくんを始末してしまうほうが簡単だ。拘束中に病死したことにでもすればいい」


 ニャイは打合せで挨拶を行った師団長の顔を思い出した。


 非が自分にあったとしても簡単に謝罪をするような人物には思えなかった。あくまで偏見だが。


「下手に騒ぎ立てないほうが得策ということか。素直に戻ってくるのを待つしかないと」


 ノルマルが、ぎりぎりと悔しそうに歯を食いしばった。


「もし本当にバッシュくんが戦地にいるとするならばだぞ。もしだ。もし」


 ライネットは釘を刺した。


 だが、逆に、もし戦地にいないとした場合、バッシュは既に拘留中に事故に遭っているという別の可能性が浮上する。結果は同じだ。いずれにしてもまったく明るくない。


「このまま騒ぎ立てずに待っていたところで戻らないのでは?」


 ミトンが暗い可能性を指摘した。


「バッシュが戻ったら自分がどこで何をしていたかを口にするでしょう。その結果、ギルドが騒ぎ出す面倒臭さを考えたら軍としては戦地での用事が済み次第バッシュに消えてもらったほうがいい」


 とてもあり得る。


 いつか軍から解放される日が来ると信じてバッシュをただ待つのは得策ではないだろう。


「いる可能性が高いとしたら、やはり国都か」


 ジェイジェイが推察を口にした。


「多分。『半血ハーフ・ブラッド』が包囲しているらしいし」


 ミトンが肯定する。


「じゃあ決まりだ」


 ノルマルが明るく声を上げた。


「俺たちで迎えに行けばいい」


「まあ、そうなるな」とジェイジェイ。


「はい」とミトン。


 もちろん、大手を振ってアルティア神聖国入りするわけにはいかないだろう。


 王国には悟られない方がいい。秘密裏に入国することになる。


 仮に国都に着けたからといって実際にバッシュに会えるとも、すぐ連れて帰って来られるとも限らない。向こうでも拘束されているかも知れないから、見つけて逃して一緒に逃げてくる、という流れになるだろう。難易度の高さが予想される。


 けれども、ただここで待っているよりは国都に向かうほうが気持ちは楽だった。


「構わないよな?」


 ノルマルはライネットに確認した。


「魔物を追っている内に未開の地の奥まで足を踏み入れてしまうのは探索者あるあるだ。何か食用の魔物を探すんだろ?」


 ライネットは不敵に微笑んだ。


「言うまでもないが気を付けろ。アルティア神聖国に探索者ギルドは存在しない。ギルドや他の探索者からの助力は得られないぞ」


 アルティア教国がアルティア神聖国になる際、教義の厳格化で活動が縛られる事態を見越した探索者たちの多くは事前にアルティア教国を離れてしまった。


 探索者ギルド職員には獣人も多くいたが獣人の存在を良しとはしないアルティア神聖国側が探索者ギルド本部との協定締結に難色を示したため、探索者ギルド本部は移行期間中であったアルティア神聖国内の探索者ギルドを、あっさりとすべて閉鎖して撤退した。


 だから現在、アルティア神聖国内に探索者ギルドは存在しない。


 それでも以前は自己責任でアルティア神聖国内で活動をする探索者もわずかにはいたが現在は完全にいないはずだ。


 もし活動したところでギルドからも国からも探索者への助力は何もない。アルティア神聖国側からすれば国内で活動する探索者は、ただの旅人だ。


「余所者は嫌われるらしいから買い物もできないかもしれないぞ」


「とりあえずダンジョン探索用の保存食とポーションを沢山持つよ。後は野宿で」


 何日も何十日もダンジョンに潜ったままになる探索に備えて魔術士協会から少量でも栄養価が高いダンジョン探索用の保存食が販売されている。もちろん実際にはそれだけを食べていても腹は膨れないので倒した魔物肉も口にする必要があったが一般探索用の保存食よりは量が持てた。但し、お高い。


「わたしも行く」


 盛り上がる四人に対してニャイが言った。


 探索者ギルド職員には探索者上がりの職員もいるがニャイは違う。


 田舎から出てきて最初に着いた仕事が探索者ギルド職員だ。


 探索者ギルド職員には探索クエストの達成確認のためなどで探索者に同行する機会もあるからニャイにも何度かは野営と行軍の経験がある。ギルドの実地研修も履修済みだ。


 とはいえ、それだけだ。アルティア神聖国の国都までの旅路はニャイの過去のいずれの経験よりもハードになるだろう。しかも、ニャイに戦闘行為は行えない。


「無理だろう」


 ノルマルは難色を示した。


「もう待つだけは嫌」


 色々な意味でニャイはずっとバッシュを待っている。


 気持ちはわかる。


『同期集団』は、この二年ずっと二人を見守ってきた。


 だけでなく、散々、揶揄からかってきた。


 ノルマルはミトンとジェイジェイの顔を見た。


 二人とも、にやにやと笑いながらも神妙に、こくりと頷いた。


「随分積極的になったじゃないか。バッシュと飯にすら行ったことないくせに」


 ノルマルはニャイに笑いかけた。


「あんたたちが散々ランクアップ祝いだってしつこく言うからバッシュさんが気にしちゃったんじゃない」


「俺たち募金には協力してるぜ」とジェイジェイ。


「随分猫の貯金箱に貢いだよね」とミトン。


「さっさと自分から誘えばよかっただけだろう」


 ノルマルが締めた。


「だからそうするの」


 ニャイの顔には固い決意が漲っていた。


「付き合うよ。そろそろ貯金箱も満杯だろ」


 ノルマルが握り込んだ右拳をニャイに突き出した。


 ミトンとジェイジェイも同じように自分の拳をニャイに突き出す。


「ありがとう」


 ニャイは笑いながら丸めた自分の拳で三人の拳を順番にこつんとした。


「おいおい。ギルドはどうする気だ?」


 慌てたような声でライネットが口にした。


「しばらくお休みをいただきます」


 ライネットは呆然とした。


 あ、うん、と、何か言いかけて諦め、


「ぜひ寿退社できるよう祈っとるよ」

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