第123話 居場所

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 打合せを終えたライネットとニャイ、見学を終えたノルマルたちは合流し馬車で駐屯地を離れた。


 ニャイが手綱を握り、ライネットとノルマル、ミトン、ジェイジェイが荷台に座っている。帰り道は分かっているので助手席での道案内は必要ない。


 ニャイは周辺に多数停められている荷物を満載した軍用の大きな荷馬車の間を抜けて馬車を進ませた。


 しばらく誰も口を利かなかった。


 駐屯地から十分に離れたところでノルマルがライネットに話しかけた。


 誰かが聞き耳を立てているとは思っていないが駐屯地近くで口に出すのははばかられる内容だ。


「駐屯地に『半血ハーフ・ブラッド』がいたのに気付いたか?」


 ライネットは気づいてはいなかったが、その可能性は頭に置いていた。


半血ハーフ・ブラッド』がアルティア神聖国から独立したというのならば敵の敵は味方という理屈で王国と共闘していても不思議ではない。


「気付かなかったがあり得る話だな。『半血ハーフ・ブラッド』はアルティア神聖国から独立したらしい」


 ライネットは取扱注意情報を口にした。


 ノルマル、ミトン、ジェイジェイの三人が目を見開く。


 バッシュが拘束されなければならない前提条件が崩れたのだ。


「じゃあバッシュは開放されていいはずじゃんか!」


 ノルマルが声を上げた。


「独立が事実であるならばな。王国軍はアルティア神聖国と『半血ハーフ・ブラッド』が共謀して嘘をついているかも知れないから、バッシュくんをまだ留め置きたいと言っている」


 はずだったのだが、駐屯地内に『半血ハーフ・ブラッド』の人間がいたのだとしたら少し話は変わってくる。


 王国はアルティア神聖国と『半血ハーフ・ブラッド』の共謀はない・・、という判断を既に下しているのかも知れない。


 もちろん、共謀の可能性を疑っている段階だから『半血ハーフ・ブラッド』に対して表面的には仲良くしているという可能性も、まあ、あるだろう。


 けれども、両者の共謀はないと王国が判断していながら、それでもバッシュの開放がなされないのだとすると問題だ。


 ハーマイン副団長と諜報士官は強く否定していたが、開放したくても既に本人がこの世にいないという可能性が高くなる。


 軍でもギルドでも、ちょっと強め・・・・・・に話を聞いてしまう事故が往々にして起きていた。


 ライネット自身は、今回もそれ・・ではと思っている。


 面会すら認められなかった時点で、ほぼ決まりだ。


 それ・・だとしても、政治的に軍と探索者ギルドのつきあいは続いていくので決裂ではなくてグレーな着地点に到達する必要がある。


 病死して荼毘に付されていた、がありがちか。


 ギルドが遺憾の意を表して、軍は以後起こらないように注意すると回答して終わる話だ。


 大前提としてバッシュは現時点では生きていることになっている。今後どこかのタイミングで事実が露わにされるのだろう。戦争中のため連絡が遅れて届くのだ。


 軍とギルドで協力して行うような業務は、それまでに軌道に乗せておく。


 要するに食用魔物狩りだ。


 ミトンが慎重に口を開いた。


「バッシュと面会はできないのですか?」


「要求したが今は駐屯地にも『長崖グレートクリフ』にもいないからすぐには無理だと拒絶された。今日のところは継続協議にして引き下がった」


 ああ、と、ミトンは顔をゆがめた。


 ノルマルとジェイジェイも同様だ。三人ともライネットと同じ想像をしたのだろう。


 三人は手綱を握っているニャイの背中に視線をやった。


 バッシュの現状をニャイは理解しているのだろうか?


 ノルマルが仏頂面で口を開いた。


「兵士の話だとアルティア神聖国の国都は『半血ハーフ・ブラッド』が包囲しているらしい。王国軍は、今回、輜重隊役だと言っていた。占領軍が焼け出された人への炊き出しに使うために食用の魔物狩りを探索者ギルドに依頼するそうだ。聞いたか?」


「来年の秋まで魔物肉を高く買うと言っていた。炊き出し用だとは初耳だ。探索者を拘束するような依頼人から依頼を受ける探索者はいないだろう、と返事をしたが、それも継続協議だ」


 そうは言ってもギルドとして最終的に『受けない』という選択肢はありえない。せいぜい、できるのは条件交渉だ。


「兵士から塹壕の鼠狩りを頼まれたが『同期集団おれたち』はやらんぞ」


 ノルマルは断言した。


 ミトンとジェイジェイの顔に視線を這わせる。二人とも、こくりと頷いた。


 ライネットは「仕方ないな」と息を吐いた。


「そちらは俺のほうで調整しよう」


 そんな話が後ろの荷台で交わされているのを背中で聞きながらニャイは、ずっと考えていた。


『なぜ軍はバッシュさんを今更留め置く必要があるのだろう?』


長崖グレートクリフ』でバッシュが拘束された後、探索者ギルドは王国軍に対してバッシュを拘束する理由を問い質した。


 返ってきた答えは、直近の探索でバッシュは『半血ハーフ・ブラッド』に『長崖グレートクリフ』までの道案内役兼アルティア神聖国軍との通訳として雇われていたため、だった。王国に不利益をもたらす意図があったか否か、経緯も含めて詳細に話を聞く必要がある、そうだ。


 ニャイはライネットと同じ前提に立っては考えない。


 あくまでもバッシュは無事で、無事なのに、なぜ解放されないのだろうと考えていた。


 王国が『半血ハーフ・ブラッド』を敵だと思っていた時ならば、まだわかる。


 バッシュが『半血ハーフ・ブラッド』の間者かも知れないとしたら情報源だ。それは拘束するだろう。


 また、『半血ハーフ・ブラッド』がアルティア神聖国から独立したのに、王国と『半血ハーフ・ブラッド』がまだ接触をしていない状況というならば、わからなくもない。『半血ハーフ・ブラッド』が嘘をついている可能性があるなら念のため拘束を続けるだろう。


 けれども、『半血ハーフ・ブラッド』がアルティア神聖国から独立した後、既に王国と接触をしているのだとしたら、バッシュの拘束を続ける必要性は感じられない。


 ただ道案内と通訳をしただけに過ぎないバッシュが『半血ハーフ・ブラッド』の重要情報を持っているとは思えない。直接、『半血ハーフ・ブラッド』と接触できているのだから、そちらから聞けばすむ話だ。一通訳が知る表面的な話なんか、その程度だろう。


 普通にバッシュを開放してしまって問題はないはずだ。


 むしろ、もう疑ってはいませんよと『半血ハーフ・ブラッド』の信頼を得るという意味でも、拘束を続けないほうが良い気がする。


 不測の事態に備えて『半血ハーフ・ブラッド』相手の人質役に使うにしてもバッシュでは価値はない。だったら、素直に『半血ハーフ・ブラッド』隊員を拘束したほうがいいだろう。


 王国軍がバッシュを拘束しているという事実を『半血ハーフ・ブラッド』が知らなければそのまま隠して拘束をしたままにする話もありえるか?


 例えば、もしも『半血ハーフ・ブラッド』が王国を裏切るような真似をした際に、実はバッシュを拘束しているから言うことをきけと脅迫するとか。


 ちょっと人質がバッシュで交渉が成立するとは思えない。所詮は通りすがりの一通訳だ。


 もっとシンプルに話を考える。


 バッシュが『半血ハーフ・ブラッド』とアルティア神聖国の間の通訳に立っていた人間だとした時、今後、王国軍にとってバッシュをどの様に扱った場合が一番役に立つだろう?


 単純に通訳の使い道は通訳では?


 要するに、王国は『半血ハーフ・ブラッド』と話をするためにバッシュを返さない?


 そのうえで駐屯地にも『長崖グレートクリフ』にもバッシュはいないという軍の話が本当だとしたら、現在バッシュがいるだろう場所は絞られてくる。


 話をしたい『半血ハーフ・ブラッド』の人間がいる場所だ。


 突然、ニャイは思い切り手綱を引っ張った。

 

 馬車を止め、荷台を振り返って大きな声を上げた。


「バッシュさんがいるのは、きっとアルティア神聖国よ!」

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