第121話 クソジジイ
125
「軍では探索者の方々に食用となる魔物の討伐と納品をお願いしたいと考えております。食用にさえ利用できれば魔物の種類と量に縛りはありません。無論、市場より高く買い上げる準備があります」
探索者ギルドと軍の定例打合せの席でライネットはハーマイン副団長から依頼された。
その言葉だけ聞けば特に警戒するような内容ではない。
協定上、軍事転用目的の食料確保への協力は禁止事項だが単に魔物退治であれば普通に探索者の本業だ。誰に批判されることもなく要請を受けられる。高値での魔物肉の買い上げは探索者のためにもなる。ウィンウィンだ。買い上げられた魔物肉が軍事物資に転用されようが廃棄されようが探索者ギルドには
ライネットは、不足する兵の数を補うために傭兵として探索者を雇い上げたい、ぐらいの話を軍は言いだすのではないかと思っていた。
探索者ギルドと探索者は内政問題と国家紛争へは関わらないことになっているが、実際のところ、軍はその存在自体が内政問題とも国家紛争とも不可分だ。軍と関係を持つ以上、政治とも戦争とも無関係でいられることなどあるわけがない。そこで工夫が必要になる。
ギルドは現役探索者の国家紛争への関与は禁じていたが探索者稼業から離れた元探索者の行動までは束縛していない。
王国が、もし傭兵として探索者を雇いたいのであれば一時的に探索者を休業扱いにし、個人として軍と傭兵契約を行ったことにする必要があるだろう。
休業手続きの事務を探索者ギルドが行う際に、どういうわけか傭兵契約も結ばれているという仕組みだ。
ライネットが師団長に対して口にした工夫の一つだ。
一方から見れば休業探索者名簿でも逆から見れば傭兵名簿だ。
実際のところ探索者と傭兵の二足の草鞋を履いている者も存在した。危険度が同じならば、より実入りがいいほうに身を移すのだ。
実入りという意味ならば魔物肉の高価買い上げは探索者にとって悪くない。
ただし、ライネットの隣ではニャイが微かに首筋の毛を逆立てていた。不機嫌極まりない様子だ。探索者のためになるからといって安易に、はい、わかりました、とはいかないだろう。
「ギルドとしては探索者を不当に拘束する恐れがある依頼人からの依頼を安心して探索者に紹介できませんな」
「探索者ギルドはバッシュさんの即時解放を要求します」
ライネットの言葉にニャイが追随した。阿吽の呼吸だ。
ハーマイン副団長と諜報士官が顔を見合わせた。士官が答える。
「彼には、まだ聞き足りない部分もあり、もう少しとどめ置かせていただきたい」
「バッシュくん拘束の理由は確か、アルティア神聖国と縁が深い『
ライネットは涼しい顔で告げた。
ライネットの言葉にハーマイン副団長と諜報士官は目を見開いた。
『
だが、探索者ギルドにも情報網はある。ギルド本部から各ギルドマスター宛に取扱注意事項として、『
正確にはギルドの情報網でつかんだ情報ではなく、『
ではなぜ取扱注意にして公表しないかというと一方的に『
同じ理由から王国も情報を広めていない。
「その話をどこで?」
諜報士官が問い返した。
「さて。当然、本日そちらから情報提供いただけるものと思っておりましたが、ギルドには伝えたくなかったようですな」
ライネットは諜報士官を咎める目で見た。諜報士官は目を逸らした。
「うそ!」
ニャイが声を上げた。もちろん、ライネットはニャイには『
「だったら、バッシュさん、帰れるはずじゃないですか!」
「私もそのように思うのです。如何でしょう?」
ライネットはハーマインを見つめた。
「探索者ギルドはバッシュさんの即時解放を要求します」
ニャイは先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「『
ハーマインは、ぴしゃりと断言した。この話は、もうおしまいといった意気込みだ。
「では、仕方ありませんな」
ライネットは、あっさりと話題を変えた。
「買い上げの期間はいかほどで? 軍は、いつまで探索者から魔物肉を高く買っていただける予定ですかな?」
ニャイはライネットが軍に
「ちょっとギルマスっ!」
強く非難の声を上げた。
ライネットはニャイを取り合わない。
「少なくとも来秋までは続けたいと考えています」
ハーマインは返答した。
「それまでは戦争が続くという判断で?」
「おそらく」
「それほど戦況は厳しいのですか? 外の兵士たちから悲壮感は感じられませんでしたが」
「そのあたりは軽々に話せない部分ですな」
ハーマインは曖昧な顔で微笑んだ。
「このあたりも戦場になる可能性が?」
「そうならないように努めています」
「買い上げが来秋よりも早く終了する可能性はありますか? 逆に伸びる可能性は? 探索者にも予定がありますからな。戦争とはいえ軍の都合で安易に伸び縮みされても困ります。ああ、戦争は関係ありませんな。ただの魔物狩り依頼です」
ライネットは、いや失敬、と笑った。
ニャイはライネットの隣で思い切り膨れっ面を晒している。このクソジジイぐらい、思っているだろう。
「いや。そういう話であれば最短でも来秋までは続けさせていただきますよ」
「長期戦だ」
ライネットは戦争が長引きそうだと深刻気に腕を組んだかと思うと急に訊ねた。
「それまでバッシュくんも拘束するおつもりで?」
ライネットは、じろりとハーマインと諜報士官の顔を交互に見比べた。
「え、あ、まあ」と、ハーマインと諜報士官の歯切れは悪い。
「念のための拘束にそれは、さすがに長すぎるでしょう。そんなにかかるのなら開放は無理でもギルドとして面会ぐらいはさせてもらわないと。探索者たちも気にしております。監視付きの面会なら問題ないでしょう」
ニャイはようやくライネットの真意を掴んだ。
いきなり開放は無理でも、まず会って状態を確認しようというつもりなのだ。はじめの一歩だ。
ニャイは改めて探索者ギルドとしての要求を口にした。
「探索者ギルドはバッシュさんとの即時
「現在バッシュくんはどこに? まだ『
ライネットが畳みかけた。
「いや。ここではなく『
気圧されたようにハーマインが返答した。
「じゃあ、いつ? どこへでも会いに行きます」
ニャイが鼻息荒く詰め寄った。
「
ハーマインは曖昧に逃げに徹する。
ライネットがドスの利いた声でハーマインに問いかけた。
「まさか、もうどこにもいないというオチはないでしょうな?」
一瞬、ぽかんとした表情を浮かべたニャイの首筋の毛が、質問の意味が分かった途端、一斉に逆立った。
バッシュは、本当はもう殺されているのではないかと、ライネットは問うたのだ。
ハーマインと諜報士官は必死に首を振った。
「それだけは絶対にありません」
「心身ともに無事で?」
「もちろんです」
「ならいいですが面会については近々の調整案件でお願いします。魔物肉確保についてはギルドでもやり方を検討してみますよ」
この日の定例打合せは、ここで終了した。
ニャイがごねたがライネットは「まあそう言うな」とニャイを宥めた。
「軍にもご事情があるのだろう。ここで引き下がるのは貸しですぞ。また近いうちに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます