第120話 パワースポット

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 王も若い頃には戦場で前線に立っていた。


 殺されかけたところを戦友に助けられた経験も逆に助けた経験もある。


 実感として戦友に対する斥候の信頼の重みはよくわかる。


「そうか」と斥候の返事に重々しく王は頷いた。


 その時、外から会議室の扉がノックされた。


 恐縮した様子で一人の情報を担当する士官が入って来た。


 室内を見回しハーマイン副団長を見つけた士官は身を小さくするようにして素早くハーマインに近づいた。


 王もいる会議が行われている部屋へ、わざわざ入って来るということは、それだけ緊急で重大な用事のはずだ。


 士官はハーマイン副団長に近づくと囁き声で「駐屯地からです」と告げ、小さく丸められた紙を渡した。伝書鳩が運ぶ小さな手紙だ。


 アルティア神聖国から王国に戻る斥候とは逆に、駐屯地からアルティア神聖国の国都に同時期に向かっていた第一便の食糧輸送隊が国都に着いたのだ。


 輸送隊に同行していた諜報部の人間が直ちに国都に残っていたもう一人の斥候と合流して炊き出し実施後の国都の様子について情報を伝書鳩で伝えてきた。輸送隊は、そのために伝書鳩も連れて行っていた。


 輸送隊が連れていた鳩はハーマインが副団長を務めている北部方面駐屯地で長く飼われていた鳩であったため駐屯地の巣箱を帰巣地だと認識している。


 そのため国都で放された伝書鳩は、まっすぐに北部方面駐屯地に向かい降り立った。


 駐屯地で鳩の帰還を発見した飼育担当者が鳩の足に付けた筒からすぐに手紙を回収し団長に報告する。


 団長は念のため手紙の内容の写しを書きとらせると、元の手紙を今度は城の巣箱を帰巣地と認識している別の鳩に託して、ハーマインに宛てて飛ばした。


 緊急時の連絡に備えて王国の城では常時大量の鳩が飼育されており、鳩は数羽ずつ定期的に各地の駐屯地なり拠点施設へ運ばれている。その鳩に手紙を持たせて放せば素早く城の巣箱に手紙が届く仕組みだ。特に連絡する事項がなくても城から次の鳩が届いたら以前の鳩は皆放鳥して城へ帰す。でないと、その場所を新しい自分の巣だと認識してしまう。


 ハーマインは渡された手紙を一読すると、この場で共有すべき情報であると判断した。


「読み上げます」と手紙の内容を読み上げた。このような内容だ。


 まず、『半血ハーフ・ブラッド』の食材を使って行っていたこれまでの炊き出し活動での一日当たりの食材消費量と実際に炊き出しを食べている国都周辺の流民の数が記されている。


 その数字と推定される国都内の市民の数を合わせて計算すれば、今後必要となる食材の量と運んだ食料を何日で消費してしまうかがわかるだろう。国都内の市民の数については正式な数が判明したら、また見直しをすれば良い。アルティア神聖国が降伏せずに国都の門が開かないままなら、その分、食料は少なくて済む。


 何にせよ、来秋までの炊き出しの実施を検討するにあたって正確な数字はあったほうがいい。会議を止めてまで手紙を持ち込んだ情報担当士官の判断は間違っていなかった。今、必要な情報だ。


 その他の軽視できない情報として流民が自分たちへの炊き出しをどのように呼称しているかが記されていた。


 曰く、『バッシュの炊き出し』だ。


半血ハーフ・ブラッド』の炊き出しでも王国の炊き出しでも単に炊き出しでもない。わざわざ『バッシュの』が頭についている。


 流民全員がその場で目撃していたわけではないのに彼らは炊き出し実施に関する一つの物語を共有しているという。


 王国の探索者であるバッシュは国都に着くや運んできたなけなしの食料を流民に分け与えると駐留している『半血ハーフ・ブラッド』の部隊に乗り込み部隊長と決闘をして勝利。『半血ハーフ・ブラッド』に流民たちへの炊き出しの実施を約束させた。


 というものだ。実際に近くにいたかなりの数の流民が部隊長と決闘するバッシュの姿を目撃しており翌日直ちに開始された炊き出しと共に物語は広まったようだ。まるで救世主だ。


 バッシュは現在、パワースポットとして出歩くたびに流民たちから拝まれたり体を触られたりしているようだ。


『英雄視ではなく、手で触られる親しみを得ているところがバッシュくんらしい』


 話を聞いていた斥候は、そう思った。


 但し、手紙は警告も伝えていた。


 バッシュは流民たちにアルティアよりも崇拝されている。


 もしバッシュが食べるために皆で王国へ向かおうと言えば流民たちの多くは従うだろう。


 炊き出しの中止は得策ではない。万難を排してでも継続が必要だ。


 斥候はハーマインが読み上げる手紙の内容を新鮮な思いで聞いていた。


 アルティア神聖国の国都に着いた際の出来事として、ついさっき自分でも当事者として王に同じ内容の報告をしていたのに、見ていた側の者からの言葉に視点が変わると、まるで別の話であった。


 実際に別物だ。


 バッシュは炊き出しを賭けて部隊長と決闘をしたわけではない。


 ないのだけれども、これまで誰も見向きもしなかった流民たちに対して炊き出しが行われるようになったのはバッシュの功績だ。


 決闘後に開かれた『半血ハーフ・ブラッド』との打合せの席で、『半血ハーフ・ブラッド』から王国が食料を借りてとりあえず時間稼ぎに炊き出しを行うというバッシュの発想には、斥候だけでは辿り着かなかった。


 辿り着いたとしても実行には至らなかっただろう。


 王国と『半血ハーフ・ブラッド』の二者の間に、そこまでの信頼関係は築かれていない。間にバッシュがいるからの結びつきだ。


 そう言う意味では、バッシュは間違いなく国都の流民たちの救世主だ。


 実はそれ以前に炊き出しの実施についてバッシュがマリアを説得しているのだが、その事実を斥候は知らない。いずれにしてもバッシュがいなければ炊き出しは実施されなかったのだから、バッシュは流民の救世主で間違いない。


「お主はその場にいたのだろう。どんな戦いだった?」


 王が斥候に問いかけた。


 斥候は当時を思い出して王に答えた。


「ひたすら躱し続けるだけでしたが惚れ惚れしましたよ。絶対倒れない戦友ほど頼りになる者はおりません。それ以前に、なぜこんなことになっているのかと頭を抱えましたが」


 王は笑った。すぐに真面目な顔に戻り、


「そのバッシュは王国の・・・探索者なのだろう。探索者ギルトに取られるのも『半血ハーフ・ブラッド』に取られるのも面白くないな。取り込めないか?」


 斥候は王以上に真面目な顔になった。神妙に回答する。


「そのような欲はかかないほうが良ろしいかと。『半血ハーフ・ブラッド』との関係に間違いなく亀裂を招きます。今後、お互いの国境がどこに決まっても、すぐ線を引き直す事態となりましょう」


「そうか」


 王は自分の思い付きを諦めたという顔を見せた。


「では、我々も『バッシュの炊き出し』の成功に尽力せねばなるまいな」


 もともとの方針を改めて確認する結果に到達したところで王は会議を終えた。

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