第119話 信頼

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 王国の斥候は自分が聞き知ったすべてを王を始めとする会議の出席者たちに説明した。


 王国が、ただの通訳と認識していた『半血ハーフ・ブラッドのバッシュ』は実はオーク集落で危機に陥った『半血ハーフ・ブラッド』の大幹部たちを救出するため、たった一人でオークに変装して集落に潜入し彼女たちを救い出した実績の持ち主だった。


 その際、オークキングを一撃で倒したことから『オークキングスレイヤー』の称号で呼ばれて大幹部らに信頼されている。しかも大幹部の一人の『内縁の夫』であるらしい。


「諜報部は拘束中にその探索者の素性を調べなかったのか? オークキングを一撃で倒せる探索者など何人もおらんはずだ」


 王は不満げにこの場にいる諜報部の責任者に問いただした。


 探索者は内政問題と国家紛争への非関与が原則だが報酬に釣られて荷担する可能性は否定できない。貴族によるクーデターに協力されるなどの危険もあり国内にいる主要な探索者の動向と交友関係は密かに諜報部の調査対象となっている。探索者ギルドとの定期打合せも調査の一環だ。


 前線司令官である師団長は戦時下において、さすがに駐屯地を離れるわけにはいかなかったので、この場には斥候の所属先である北部方面師団の副団長ハーマインと諜報部の士官が出席していた。


 士官が答えた。


「複数のギルド職員と探索者に探りをいれたところ誰もが万年Fランク探索者との認識でした。くだんの探索者が所属する探索者ギルドのギルドマスターは、所属するパーティーの足枷であると判断して脱隊を勧奨しています。オークキング云々の話はにわかに信じられるものではありませんので誇張が過ぎているのでは」


 バッシュに対する士官の認識は間違いではない。バッシュ自身、士官と同じように自分を認識している。


 但し、ただの通訳の扱いにしては、随分『半血ハーフ・ブラッド』はバッシュのことを重く見ているな、とは士官も感じていた。


半血ハーフ・ブラッド』が居留地をアルティア神聖国から独立させたという声明文を各国に出した際、バッシュが王国に『半血ハーフ・ブラッド』との関わりを責められている可能性を考えて、『半血ハーフ・ブラッド』には王国と敵対する意思はまったくない旨の一言を、わざわざ王国あての声明文にだけは添えている。


半血ハーフ・ブラッド』の構成員の多くはもともと社会的に行き場がなかったハーフ人種だ。だから自分を受け入れてくれた『半血ハーフ・ブラッド』の同胞を家族の様に認識している者が多いと聞いている。


 通訳とはいえ一度は協力者であったバッシュを『半血ハーフ・ブラッド』は見殺しにはできなかったのだろうと士官は考えた。念のためであるその一言を付け加えたからといってコストがかかるわけではない。恐らく念には念を入れる形で一言を添えたのだろう。


 士官は、そのような考えで自分を納得させていた。さもないとただのFランク探索者が『半血ハーフ・ブラッド』に重用される理由が分からない。


 アルティア神聖国帰りの斥候が士官に助け舟を出した。


「本人がFランク探索者であるのは間違いありません。オークキングを倒せたのは不意打ちがうまく決まったからで、内縁の夫というのは単に幹部に揶揄からかわれているだけだと、本人は否定しています。事実、想い人が他にいます」


 王は困惑した顔を浮かべた。


 その探索者が『オークキングスレイヤー』で『幹部の内縁の夫』だから『半血ハーフ・ブラッド』との調整がうまくいったという流れの話ではなかったろうか? 根本を否定してしまったら、ただのFランク探索者でしかないだろう。なぜ調整がうまくいく?


 王は斥候に問いかけた。


「お主は『半血ハーフ・ブラッド』とアルティア神聖国に騙されているのではないか? 領土の分割を餌に食料を奪われるだけだろう」


『ああ、そういうふうにもとれるのか』と斥候は思い至った。


 実は『半血ハーフ・ブラッド』のアルティア神聖国からの独立は偽りで、領土の分割を餌に炊き出しのためと称して大量の食料を王国から国都に運ばせ、奪いとるつもりではなかろうか、という心配だ。


「我々が国都に辿り着く以前に『半血ハーフ・ブラッド』とアルティア神聖国軍の衝突があったと流民から聞きました。その後、流民たちの間でしばらく猿肉・・の供給が増えたそうです。独立は現実かと」


「その探索者が『長崖グレートクリフ』の崩落の話を持ち込んだのだろう。スパイではないのか?」


「三年前から同じパーティーだったという探索者とギルド職員に面通しをして本人と確認しています」


「ますますわからんな」と王。


「では、なぜそんな何でもない探索者が『半血ハーフ・ブラッド』の信頼を得て交渉を成立させたのだ?」


「彼がオークキングスレイヤーであろうとなかろうと間違いないのは仲間を助けるためならば単身でオークの群れの中に降り立つもいとわぬ人物であることです。助けられた者からすれば信頼する理由は十分でしょう」


「自分で現場を見たわけではないだろう。お主から見たその探索者は信頼に足るのか?」


「探索者としての力量は知りませんが自分の戦友です。同じ戦場で肩を並べて戦いました。安心して背中を預けられます。もっともすぐ人の前に出て盾になりたがる性分は問題ですが。いずれにしても彼無くして今回の成果には至りませんでした」

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