第118話 魔物肉

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「早速ですが次第にのっとり議題の一番から」と手元に置かれた紙を手に副団長が仕切り直し、昨今の魔物情勢についてライネットが説明を行った。


「相変わらずオークに変則的な移動の動きが見られますな。『長崖グレートクリフ』でオーク集落建設の動きもありましたように、もしかしたら母体となるオークの群れが大きくなりすぎたため、群れを分裂・分散させようという動きかも知れません。気づかぬうちにオークが住み着き駆除できぬほどねぐら・・・が拡大していたという事態を招かぬためにも開戦以降休止されている軍によるオーク討伐を早急に再開していただきたいところです」


 などと情報の共有と対応方針がお互いの間で擦りあわされていく。


 概ね一通りの議題のやりとりを終えた後、ライネットはハーマイン副団長に水を向けた。


「そろそろお聞かせいただけますか? ぶっちゃけ、軍は探索者ギルドに何をお望みで? 我々としても軍からの協力依頼を無下にはしたくありませんが探索者が不当な拘束を受けている現状では、ギルドが承知しても肝心の探索者が動いてくれないと懸念されます」


 ハーマイン副団長と士官は顔を見合わせた。


 何をどこまで話したものやら。


「軍では探索者の方々に食用となる魔物の討伐と納品をお願いしたいと考えております。食用にさえ利用できれば魔物の種類と量に縛りはありません。無論、市場より高く買い上げる準備があります」


 炊き出し開始前に斥候によりアルティア神聖国の国都から放たれた伝書鳩は無事駐屯地へ辿り着いていた。


 飢餓状態にある十万人の流民が今にも王国を目指しそうだという差し迫った状況を遅延させるため緊急避難的に『半血ハーフ・ブラッド』から糧食を借り受けて炊き出しを開始したこと。及び継続的な炊き出しの必要性が説かれていた。


 あわせて、『大至急、食料送れ』


 駐屯地を預かる王国軍北部方面師団長はアルティア神聖国からの宣戦布告を受け前線へ運ぶために国内各地から急遽駐屯地へ集めていた食料の転用を直ちに決定すると即日輸送を開始した。そこまでならば現場判断で即応できる。


 斥候からの手紙は他に、『半血ハーフ・ブラッド』が蜂起した理由や国都が既に『半血ハーフ・ブラッド』により包囲され陥落寸前であること。あわせて国都陥落後の王国と『半血ハーフ・ブラッド』によるアルティア神聖国の分割案までを伝えてきた。詳細報告のため『半血ハーフ・ブラッド』側特使を伴い帰国する、と結ばれている。


 速やかに国王まで情報が上げられ対応の検討が行われた。


 最終的な決断は帰還した斥候からの報告を聞き特使との交渉次第となるがアルティア神聖国民を炊き出しにより来年の秋まで延命させ、その後は自立してもらうしかないだろう。


 十万人もの流民が押し寄せてくるよりははるかにましだ。


 分割案が実際に現実となるなら長期的には元が取れる。


 但し、王国内にまで食料難と物価高騰が波及しないよう留意すること。


 それが難しい。


 単純に王国が市場で食料を買い集めようとすれば食料品の値段は暴騰するだろう。多くの国民が食糧難に陥る。そうでなくともアルティア神聖国の宣戦布告により国内の物価は上がりだしている。


 農家に増産を指示して増産分のみ王国が直接買い上げる方法はとれるだろう。


 だとしても、短期に増産が可能な作物は多くない。面積を増やすにしても準備がかかる。


 少なくとも肉は無理だ。豚でも牛でも生まれた子供を出荷サイズまで育てるためには数ヶ月から数年が必要だ。それぞれ一キロ体重を増やそうと思ったならば餌として数キロから十キロ超の穀物を食べさせる必要がある。


 試しに十キロで計算するなら家畜の体重を百キロにするためには千キロの穀物が必要だ。


 だったら餌にする穀物を直接使って炊き出しをしたほうが腹は膨れる。味はさておいて。


 国内の食料品の値上がりを国民の我慢の限界を越えない範囲に留めつつ不足する食料を入手するためには輸入しかない。


 一つは王国が直接輸入して国都へ運ぶ方法。


 もう一つは王国が『半血ハーフ・ブラッド』に費用を支払い、『半血ハーフ・ブラッド』の伝手で輸入した食料を居留地から国都へ運ぶ方法だ。


 どちらもありだ。


 この場合、物価が上がるのは輸入元の外国になるので王国的には物価高騰の心配はなくなる。


 但し、外国がどこまで輸出してくれるかの心配はあるが。


半血ハーフ・ブラッド』の協力を得られるか否かは特使との協議によるだろう。


 その他の食料の調達手段として考えられるのが魔物肉だ。


 魔物肉は現状それほど多くは一般の王国民には食べられていない。探索者が探索中に自己消費する程度だった。


 通常の探索者は魔物肉を持ち帰るくらいならば日持ちがして買取り金額も高い別の素材を持ち帰る。持ち運べる荷物の量には限界があるからだ。


 但し、魔物肉のほうが他の素材より高く買い上げられるとなれば話は変わってくるだろう。探索者たちは優先的に魔物肉を持ち帰るようになるはずだ。


 もし魔物肉が高騰したところで、元々食べられていない物だから飢えるという意味では王国民は困らない。魔物肉を運ぶ代わりに運べなくなる、その他の素材が一時的に品薄になり値段が上がるかも知れないがそこは目を瞑るしかないだろう。


 場合分けで国内物価の変動可能性が繰り返し試算された結果、王国による炊き出し方針の一つに魔物肉確保が組み込まれた。


 国内各地の探索者ギルドに魔物肉確保の協力を求める必要がある。最優先はアルティア神聖国に近い北部方面の駐屯地管内のギルドだろう。


 そうこうしている内にアルティア神聖国から戻った斥候と『半血ハーフ・ブラッド』の特使たちが王のいる城へ到着した。


 まずは特使に一晩旅の疲れを癒してもらうこととし、その隙に斥候から王に対してアルティア神聖国内部の様子と国都の状況について詳細な報告が行われる。


「短期間でよく『半血ハーフ・ブラッド』との困難な調整を成し遂げてくれた。さぞや苦労したことだろう」


 王は斥候をねぎらった。


「いや、それが実は同行した探索者の功績なのです」と斥候は口にした。


「『半血ハーフ・ブラッド』に通訳として雇われた経験がある探索者を顔つなぎに連れて行ったのですが実は『オークキングスレイヤー』で『幹部の内縁の夫』でした」


 ちょっと何を言っているか分からない。

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