第117話 団長挨拶

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「お忙しいところご足労いただき申し訳ない。探索者ギルドと軍の定例の打合せということで順番通りであれば今回は我々のほうから探索者ギルドに足を運ばなければいけないところ何分なにぶん戦時中につきこの場を離れられないためご足労をお願いした。重ね重ね申し訳ない。本日は有意義な打合せの場となるよう忌憚なきご意見をいただきたい。また、我々から探索者ギルドにお願いをする案件もあろうかと思いますが、ぜひ状況を斟酌いただいてご協力を賜り、この国難を乗り切りたいと願っております。本日はよろしくお願いする」


 ハーマイン副団長の仕切りで、師団長が開会の挨拶を行った。


 要するに、これから探索者ギルドに対してお願いをするのでよろしくね、という仁義をきったわけだ。団長自ら頭を下げるのだからわかってるよね? よもや断るなよ、という圧力である。いや、頭は下げていなかったけれども。少なくともギルド側の顔は立つ。


「大変恐縮ではございますが所要のためこれにて団長は席を外させていただきます」


 副団長がお決まりの言葉を述べて団長の役目が終了する。


 団長は席を立った。出口に向かって歩きだそうとする団長。


 澄ました顔でニャイが口を開いた。


「探索者と探索者ギルドには内政と国家紛争には関わらないという明確な義務規定がございます。戦時であればこそなおさらこの規定を順守し第三国にあらぬ疑いを抱かれることがないよう探索者ギルドとしては誠実に努めてまいる所存です」


 思い切り喧嘩を売っている。


 探索者ギルドはいずれか特定の国に所属する組織ではない。まず超国家機関としての探索者ギルド本部が存在し各国の探索者ギルドは、立地する国ではなく探索者ギルド本部の下部組織である支部という位置づけになっている。各国の探索者ギルドは、さらに支下部組織として各地方や街ごとの個別の探索者ギルドから構成されている。


 ライネットは、そんな個別探索者ギルドのギルドマスターであると同時に周辺の複数ギルドを統括する中核的ギルドマスターとして探査者ギルド王国支部の役員でもあった。


 探索者ギルド本部は各国と協定を締結し、各国は探索者の国内での探索者活動を認める代わりに探索者ギルドに対して立地国への納税と内政問題・国家紛争への非関与を義務付けている。


 内政問題への関与とは要するにクーデターによる政権転覆への協力だ。各国の探索者ギルドと探索者は、いずれの国に対しても中立的に振る舞い、立地国にも立地国の敵国にも国内の反体制派にも肩入れしてはならないということである。


 とはいえ、実際のところは、どこの国で探索者活動を行うにあたっても立地国の意向に沿わないと成り立たないのは言うまでもない。完全な中立はありえなかった。


 各国のギルド支部や個別ギルドは国から何らかの要請活動があった場合には下請け的にある程度便利に利用されることはやむを得ないと承知していた。


 だからといって、ここぞという時まで従う必要はどこにもない。ギルドはギルドの意思で意に反する国の要請は拒絶できた。それゆえの団長のお願いだ。


 ニャイの言葉に団長が、ぴたりと足を止めた。


 なんだ、この猫は! という目でニャイを睨んでいる。


 うぉい、やめてくれ。


 ライネットは肝が冷えた。


 そんなことわかってるけど、そこを曲げてよろしくね、という趣旨の言葉を、たった今、団長は言ったのだ。そのために、わざわざ、こんなチンケな打合せの場に顔を出した。


 とはいえ、ギルド職員が正論を口に出してしまった以上、ギルドマスターとして否定はできない。探索者ギルド内部の意思疎通はできている振りをしなければならないだろう。


 ライネットもまた素知らぬ顔で口を開いた。軍に釘を刺す形になる。


「探索者ギルドにもできること、できないことはございますが、お互いの工夫次第では歩み寄れる点も多々あろうかと存じます。詳細は打合せの中で詰めていきたく」


「うむ。よろしくお願いする」


 団長は頷いて部屋を去った。


 ふいー、と息を止めていた副団長と士官が長い息を吐いた。


 二人は白い目をライネットに向けた。


 この猫、ただの付き添いじゃないのかよ!


 ニャイは明確に殺意のこもった眼差しで士官を睨んでいる。首の毛が、また逆立ちそうだ。

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