第116話 社交辞令

               120


 ライネットは探索者ギルドが所有する二頭立ての荷馬車の荷台に座り、ニャイ、ノルマル、ミトン、ジェイジェイと共に王国兵団の駐屯地へ向かった。


 御者はニャイが務め、道を知るノルマルが隣に座っている。残りの三人は荷台だ。


 中核的ギルドマスターであるライネットは、それなりに社会的な地位がある立場である。


 であるのだが、ライネット自身は肩書よりも実用に重きを置くタイプだった。


 時々しか使う機会がない貴族が乗るような箱型の馬車をギルドで所有するよりは、魔物でも何でも積める荷馬車を所有したほうがギルド的には使い道がある。


 であるならば荷馬車一択だ。必要な際は借りればいい。そういう考えの持ち主だ。


 そのくせ、今こそがその『必要な際』だという認識はライネットにはまったくなかった。


 そんなわけでライネットは荷物同然に荷台で揺られている。


 これまでの定例打合せであれば御者役の職員とライネットの二人で通っていた道程だったが、なぜかオークたちの動きが活発化しているため、そうはいかなかった。万一に備えた護衛が必要だ。


 ライネットは縁あって隣町のギルドから移籍してきた『同期集団』に護衛を依頼した。『同期集団』には駐屯地への出入り経験があったためだ。


 もちろん、元々ライネットのギルドにいる探索者の中にも駐屯地への出入り経験がある者はいたが大抵の探索者たちは付き添いに過ぎないとしてもそのような堅苦しい空間を嫌う。打合せそのものへの出席は求められないとしても駐屯地内では待ち時間であれ羽目を外しているわけにはいかないからだ。新参者の『同期集団』であれば、そういった意味での嫌われ仕事を押し付けるには適任だった。


 前回行われた定例打合せは、まだアルティア神聖国から王国への宣戦布告が行われる以前だ。当然、バッシュが緊急事態の一報を駐屯地にもたらすよりも大分前の話になる。


 久しぶりに王国兵団の駐屯地を訪れたライネットは駐屯地周辺の変貌状況に唖然とした。


 駐屯地は基本的に塹壕が掘られた平原を連結した逆茂木で囲んだ広大な空間だ。逆茂木内には組み立て式の仮設建物が幾つも建てられている。


 基本的にそれ自体は何ら変わっていないのだが、さらに逆茂木の内外に無数の天幕や仮設建物が建ち並んでいた。他にも大量の資材や箱詰めされた食料品や様々な消耗品といった物資がうず高く積み上げられている。


 何百台もの運搬用の大型の荷馬車や、それ以上の数の馬が囲われた放牧場も整備されていた。


 この駐屯地にもともといる部隊だけではなく王国各地の別の駐屯地や基地、市場等から人員と物資が集められてきたのに違いない。紛れもない有事体制だ。


 人も物もこれからアルティア神聖国内のどこかにある最前線へ運ばれていくのだろう。王国内で戦闘の話は聞かないから戦場はアルティア神聖国のはずだ。


 物資には沢山の兵士が取り付いて荷馬車に積み込んだり逆に降ろしたりしている。


 まるでお祭り騒ぎのような喧騒と活気だった。


 ライネットは目の前の兵士たちの様子になぜか違和感を持った。


 兵士たちには、これから戦場へ向かうという悲壮感が、なぜか漂っていなかった。


 通常、戦場へ向かうとなれば付き纏う死の匂いが兵士たちからは感じられない。あるのは、ただただ活気だけだ。よほど戦況が良いのだろうか?


 ニャイは十頭以上もの馬で引くような大型の馬車が何台も置かれている脇を抜けて、本来の駐屯地を囲む柵と逆茂木が途切れた場所にある駐屯地入口に馬車を寄せた。


 歩哨の兵士が立ち、駐屯地の内側から外側へ突き出すように棘が伸びたバリケード台車が入口を塞いでいる。


「探索者ギルドのライネットです。定例打合せ会への出席です」


 ニャイが歩哨と言葉を交わした。


 すぐ確認が取れ、手持ちの武器を預けるのと引き換えにバリケード台車が場所を開けた。


 戦時下のため普段よりも入口周辺の警備は厳重だった。


 ほぼ空だったが荷馬車の中に不審な物や武器が隠されていないかも確認された。


 警備の兵隊の一人が『馬車を馬車止めに移動する』旨を告げて馬車を引き取り、ライネットとニャイ、『同期集団』は駐屯地内側で馬車を降りた。馬車が去っていく。


 やはり警備の兵隊の一人が打合せ会場となる建物へ案内すべく先導して歩く。


 ライネットとニャイは『同期集団』と打合せ会場となる建物の前で別れた。


 護衛の探索者は打合せには出席しない。『同期集団』は控え場所へ案内された。


 一方、ニャイは探索者ギルドの職員であるため、もちろん出席だ。


 駐屯地に足を運ぶにあたってニャイは腹の内で、もしバッシュが拘束された際に同じ場所にいた兵士を見かけたら何としてもバッシュの現況を訊きただそうと考えていた。


 もしくは兵団の偉い人間に、直接、バッシュの開放を訴えようと。


 案内された打合せ会場の中には会議テーブルと椅子が並んでいるだけで兵団側の出席者は、まだ誰もいなかった。長方形のテーブルを挟んで長辺の一方に椅子が三脚、反対側に二脚並べられている。


 ライネットとニャイは二脚側の席についた。


 すぐにガチャリと扉が開いたので二人は立ち上がった。


 定例打合せでライネットがいつも顔を合わせている、ハーマイン副団長が入って来た。


 続いて、ライネットがいつか探索者ギルドで探索者ランクの話をした若い士官。


 その瞬間、ライネットは隣に立つニャイが首の後ろの毛を逆立てたのでびっくりした。


 ニャイからすれば士官はバッシュを拘束した当事者だ。


 眠そうだったニャイの眼が大きく見開かれて爛々と輝いている。


「どうした?」と、ライネットは小さな声でニャイに確認した。


 ニャイは深く息を吐いて気を静めながらライネットに囁いた。


 士官もニャイに気が付いたようだ。まずい、という顔をした。


「あいつ、バッシュさんを捕まえた奴です」


 こいつに後で絶対に問い質してやる、とニャイは決めた。


 ハーマインと士官は三脚ある椅子の左右の椅子の近くに立った。


 中央がハーマインじゃない事実にライネットは驚いた。


 最後に単なる定例打合せ如きには普段であれば絶対に出席しない人物が入って来た。


 団長だ。


 より正確には王国軍北部方面師団長。


 アルティア神聖国に接する王国の国境警備のトップだった。


 要するにアルティア神聖国との戦争の前線司令官だ。総司令官は、もちろん国王。


 ライネットは絶句した。


 打合せそのものには出席せず挨拶だけで退席するとしても考えられない。


 戦時下において社交辞令に時間を割いている暇など少しもないだろう。


 社交辞令ではなく探索者ギルドに仁義を切っておきたい都合が何かあるはずだ。


 ライネットは警戒を強めた。


 軍が求めているじつは何だ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る