第114話 けらけら
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「これはこれは」
ニャイに絡んでいた男が、にやりと口角を上げると周りにいる自分のパーティーメンバーの間を抜けてバッシュの前に立った。
バッシュの呆れ顔を見下ろす。背はバッシュより男のほうが高かった。筋肉もある。
「ギルド期待の『同期集団』の皆さんじゃないですか。わずか一年で四人メンバーの内、三人がDランクという」
男はバッシュの背後に立つ、ノルマル、ミトン、ジェイジェイの顔を見回した。
移籍に先立ち、このギルドにいる主要な探索者たちについて男は情報を調べていた。新進気鋭の『同期集団』についても調査済みだ。
男はバッシュの顔に視線を戻し、
「残り一人のFランク如きがうるせえんだよ」
振り下ろし気味にバッシュの顔面を殴りつけた。
男の拳は
バッシュは、のらりと身を躱していた。
そのまま男の仲間たちの間を抜けてニャイがいるカウンターの前に立つ。
拳を躱された上、無視された形となった男はバッシュに追いすがるため走ろうとした。
男の首筋に背後から抜き身のナイフが回された。ノルマルだ。
ミトンが油断なくメイスを構えて、ジェイジェイが上を向けた左右の掌に火の玉を浮かせていた。
「誰も動くな」
ノルマルが男の仲間たちにドスの利いた声をかけた。
「馬鹿にすんな。バッシュが躱して俺たちが後を取るのがうちの戦法だ。バッシュがうちの要なんだよ」
男も男の仲間たちも誰も動かない。
バッシュはニャイに手を差しだした。
「そのカード貸して」
本人以外へのカードの受け渡しは禁止行為だ。
まだ、ニャイはギルドの規則をピンときていなかった。
言われるままにニャイはバッシュにカードを手渡した。
バッシュがノルマルを振り返る。あわせてミトンとジェイジェイとも目を合わせ、
「ギルドの担当者変えてもいいかな?」
「いいんじゃね」
リーダーであるノルマルが代表して返事をした。
ノルマルのナイフは男の首筋にぴたりと付いたまま動かない。
ギルドの内部は突然の一触即発の状況に誰もが沈黙していた。
どの窓口でも手が止まっていて職員も探索者もバッシュたちの動きを注視していた。
バッシュは背伸びをしてカウンターの内部を覗き込むようにすると別のカウンターで対応をしていた受付嬢に声を掛けた。
「アニー」
声を掛けられたベテランの女子職員が天を仰ぐようにして席を立った。金髪で二十代前半の
アニーはカウンターの内側を回り込んで移動しニャイの脇に立つとバッシュと顔を見合わせた。
バッシュはアニーに男のカードを差しだした。
「アニーには悪いけど、これからぼくたちの担当はアニーじゃなく
アニーは露骨に顔をゆがめた。
「何それ、あたしだけ貧乏くじじゃん。将来有望な『同期集団』の担当外されて、こんなおっさんパーティーの担当になってもうまみがねえよ」
「ごめん。アニーにしか頼めないんだ」
「ちぇー。こういう問題起こす奴らは、どうせすぐここもいづらくなって他行くんだぜ。そしたら、またあたしを担当に戻してくれよな」
アニーは拗ねたような顔で渋々とバッシュから男の探索者カードを受け取った。
男の首にナイフを当てたままのノルマルに声をかける。
「今夜はあんたらのおごりで飲みに行くよ」
「わかってるよ」
ノルマルは軽く答えると男の首からナイフを放して男を開放した。
ミトンがメイスを腰に戻し、ジェイジェイが掌の炎を消す。
アニーは鬼のような形相と眼差しを男に向けた。
「早くこっちの後ろに並びな」
アニーは自分の席に戻った。
ギルド内に喧騒が戻って来た。
各カウンターで止まっていた作業の手が動き出す。
ばつが悪くなった男たちは、それでも虚勢を張り、ノルマルたちにわざと肩をぶつけて押しのけるようにしながら脇を抜けると、すごすごとアニーがいるカウンターの列の最後尾に移動した。
アニーはベテラン受付嬢だ。並んでいる探索者たちは、それなりに高ランクの者が多かった。男たちが粋がれるような相手ではない。並んでいる間中、男たちは小突き回された。
男たちからするとちょっと凄んで新人以外の担当者がつけられれば御の字の所、思った以上の結果を導いてしまって逆に困る羽目だ。
アニーにとっては貧乏くじ以外の何者でもない。飲みの驕りぐらいじゃ割に合わない。
バッシュは周囲でそんなやりとりが行われていることは気にも留めずに、あっけらかんとニャイに自分の探索者カードを差しだした。
「『同期集団』のバッシュです。只今探索から戻りました」
身じろぎもせず、動いていく状況を見守るだけだったニャイにも現実が戻って来た。
あわあわと、
「ニャイです。ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
ニャイは両手で押し抱くようにしてバッシュのカードを受け取った。
ふう、と息を吐いて身構えてからカードを端末に通そうとする。
バッシュに定番の言葉をかけ忘れていたことに気が付いた。
慌てて口にする。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
バッシュは緊張しまくっているニャイの新鮮さにほっこりとした。アニーと比べてそう思うのは、とても失礼だ。どちらにも。
「急いでないからゆっくりでいいよ。今日こそランク上がったかな」
バッシュのカードを端末はすぐに認識したけれどもランクは上がっていなかった。
「Fランクです」
馬鹿正直に言葉にしてカードを返すニャイに対して、「残念」と少し寂しそうにバッシュは肩をすくめてカードを受け取った。
さっきまで、とても堂々としていたのに、そんな姿がニャイにはひどく印象的に感じられた。
アニーが言ったとおり、実際すぐに、いちゃもんたちはギルドに寄りつかなくなった。人知れず、どこか別のギルドへ移ったのだろう。
ニャイはアニーから担当を戻せと言われるとばかり思ったが一箇月たっても二箇月たっても、アニーは一言もそんな言葉は口にしなかった。『同期集団』の担当者はアニーには戻らず、ずっとニャイのままだ。
堪らずニャイはアニーに訊いた。
「だってバッシュくん、あんたのこととてもお気に入りじゃない。邪魔できないわよ」
アニーは、けらけらとニャイに笑った。
「あんたもでしょ?」
ニャイは、ひたすら顔を赤くして縮こまった。
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