第112話 囁き
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使者たちと城のアルティア兵に連れられて、ぼくたちはエントランスを抜け、細い通路を通ってさらにいくつかの扉を抜けて大通りと同じ石畳が敷かれた道に出た。
大聖堂に通じる城を貫通する道路に城の内側から抜けて出たのだ。『
城の中を通る道路の左右は兵隊の詰所になっており天井は吹き抜けで二階部分も兵隊の詰所になっていた。
今は誰も構えていないが本来であれば二階から通行する人や馬車に弓矢で狙いをつけて警戒する場所だ。トンネル的な空間であるため天井と壁が魔法の明かりで照らされていた。
城の表側の大扉が閉ざされているのと同じように裏側もまた大扉で閉ざされていた。
ぼくたちが裏側の大扉の前に立つと扉の両端の上の方で、ぎいぎいという音がして、ゆっくりと扉が持ち上がりだした。この上の階には扉を上げ下げするための巻き上げ機があるのだろう。
門を守る巻き上げ機を教会直轄兵が守っていたのだから、ここの巻き上げ機だって恐らく同じ扱いだ。
別組織なのだから完全には信用しないというのは当然の判断かも知れないけれども教会からそのような態度を取られ続けているアルティア兵は、どのような心情で配置についているのか聞いてみたい。
「王様に挨拶しないで素通りしちゃっていいの?」
ぼくは城の入口からついてきていたアルティア兵の一人に声をかけた。
マリアたちの元まで、ぼくを迎えに来た三人だけではなく、城に入ってからは城勤めの兵士たちが何人か、ぼくたちと一緒に行動をしていた。
ぼくの質問に対してアルティア兵たちは一様にばつの悪そうな顔をした。
「既に大聖堂にいらっしゃいます」
ぼくを迎えに来たメンバーの一人であった丸い体をした神官がアルティア兵たちの代わりに答えた。
ぼくがいつ来るか実際のところはわかっていないのに、わざわざ国王が、ぼくを待つために大聖堂に先に行っているはずはない。
ぼくはアルティア兵たちの様子から、きっと国王は昨日のうちにさっさと城を捨てて大聖堂に逃げ込んだんだなと確信した。
飢えている国民を食べさせることもせず兵も捨てて逃げ出すような国王に仕えているアルティア兵たちはとても不憫だ。
彼らの家族は国都に住んでいるのだろうか?
普通に市内にいるのだとしたら兵隊たちの家族も炊き出しの列に並んだのかな?
もし並んでいて既に壁の外に出ていたとしたらアルティア兵たちが家族のいない街と国王のいない城を守る意味って何だろう? 食事も満足にとれないのに。
城の裏側の扉が完全に上がりきった。
ぼくたちは上がった扉の下を潜って城の裏手へ出て、城と大聖堂の敷地を隔てる堀の手前の開けた場所で足を止めた。
堀の対岸に大聖堂の敷地を囲む高い石の壁があり、ぼくたちのまっすぐ前には垂直に立ち上がった跳ね橋が聳えていた。
橋の左右の壁の上部は楼門に似た造りになっている。多分、中には跳ね橋を上げるための巻き上げ機があるはずだ。
きっと壁の向こう側には緊急時にすぐ巻き上げ機の場所まで登るための階段もあるだろう。
ぼくたちと一緒にいる使者の教会直轄兵が対岸の扉の左右の壁の上の歩廊にそれぞれ立っている兵士に手を振って合図を送った。二人とも教会直轄兵だ。
兵士が壁の上から楼門的な施設の中に姿を消し、少しすると跳ね橋がまるでぼくたちを踏みつぶすかのような圧迫感でゆっくりと倒れてきた。
ぼくは降りてくる橋に目をやりながら、多分ぼくたちを威圧するつもりで数を頼んだのであろう周りのアルティア兵たちが何か言い出す前に、使者であるアルティア教の神官に釘を刺した。
「そっちが招いた側で人数的にも有利なんだから、まさか橋を渡る前に剣を預けろなんて怖いことは言わないでくださいね。そうだったら帰ります」
ぼくも王国の斥候も腰に剣を佩いている。戦時下なので、もちろん鎧も身に着けていた。
神官は、ぼくに図星を突かれたのか一瞬ぎくりとした顔を見せたが、にっこりと微笑みなおした。
「もちろん、そのような失礼は申しませんとも」
アルティア兵たちは、当然ぼくたちから剣を取り上げるつもりだったのだろう。本当にいいのかと、むしろアルティア兵のほうが戸惑っている。
けれども、神官の判断は友好策だ。実際、人数で遥かに上回っているのだから、その気になれば、ぼくたち二人ぐらいどうとでもできる気でいるに違いない。
使者の教会直轄兵も神官を止めなかった。
一安心だ。神官は戦闘の素人だから判断が正しくできないのだろう。
ぼくは、ぼくと一緒にいる王国の斥候が凄腕なのは良く知っている。
一方で『
階級的にどうかは知らないけれども、教会関係者というだけで上役に付いている指揮官など十分な食事をとっていたところでさらに怖くない。教会直轄兵にも特に強さは感じられなかった。
大聖堂に総勢何人の教会直轄兵がいるのか知らないけれども剣を持ったままにさせてもらえるのであれば、オーク集落に降りた際の恐怖に比べればピクニック気分だ。
橋が完全に降りきり「行きましょう」と教会直轄兵と神官が、ぼくたちの前に立って歩きだした。
ぼくと王国の斥候も後に続く。
ただし、ぼくを迎えに来たアルティア兵だけは渡らなかった。他の城のアルティア兵たちと一緒に橋の手前に立ったままだ。
「あれ、あの人は行かないんだ?」
橋の中ほどに至ったところでアルティア兵が渡っていないことに気が付いたぼくは疑問の声を上げた。
「大聖堂へは選ばれた教会関係者しか入れません」
至極当たり前のことであるように神官が答えた。
そういうところなんだよな。
ぼくは、さっきからずっとむかむかとさせられていた。
「ふーん。挨拶してくる」
ぼくは橋の中ほどから橋の手前に残った使者のアルティア兵の元まで駆け戻った。
「ここまでお世話になりました」と手を差し伸べて握手を求める。
アルティア兵は怪訝な顔をしながらも、ぼくの手を握った。
ぼくは橋にいる他の二人の使者、神官と教会直轄兵には聞こえないようにアルティア兵に囁いた。
「外で炊き出しの手伝いをしているアルティア兵の様子を見てきたでしょ。もし城のアルティア兵の皆さんにも投降の意思があるなら帰りに確認するからここに何か目印を置いておいて。その代わり、ぼくが合図したら城の前後の巻き上げ機を確保してすぐ開門すること。作戦は任せます。同時に外の『
巻き上げ機確保をどう実行するかはアルティア兵任せだ。
彼らが投降を考え、方法と覚悟が決まったら目印が置かれているだろう。
なければ素知らぬふりをして帰るだけだ。
あったとしても、実際に合図を出すか否かは状況次第。
ぼくの言葉にアルティア兵はぎょっとした顔をした。
こうしてぼくから誘われたという事実をアルティア兵が教会直轄兵に伝える可能性は極めて低いと、ぼくは睨んでいた。
両者にそのような信頼関係はない。アルティア兵は自分たちがいつ教会に切り捨てられるかを恐れている状態だ。
アルティア兵は口を噤んだまま何も言わなかったが小さく神妙に頷いた。
ぼくが大聖堂で会談に臨んでいる間にアルティア兵同士で検討するだろう。
マリアは外で、いつでも動けるようにと備えているはずだ。
そのために、わざわざぼくの見送りに現場までやってきてその場に残った。
ぼくの出掛けにマリアに囁かれた言葉がある。
「チャンスがあったら落していいぞ」
隊長、そこまではさすがに無茶ぶりです。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
『クビになった万年Fランク探索者。愛剣が『-3』呪剣でした。折れた途端無双です。』を読んでいただきありがとうございました。
ここまでで、第五章です。
前章末に予告したのですが終わりませんでした。
全然。
多分、あと二章。
もっとかな?
なぜ、増えていくんだろう?
もう少し、お付き合いください。
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仁渓拝
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