第104話 開門

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 ぼくがいるのは西門前だ。


 ぼくは着慣れたオーク装備に身を固めていた。


 腰にはジョシカにもらった剣をいている。


 部隊に紛れ込んだオークと間違われて殺されてしまわないよう忘れずに両腕に二つずつ『半血ハーフ・ブラッド』の腕章もつけていた。


 マリア、ヘルダ、ジョシカ、ルンの腕章だ。


 事実とは言い難いけれども、ぼくが『オークキングスレイヤー』で『ルンの内縁の夫』のバッシュであるという事実・・が広く『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちに知れ渡っている。腕章さえつけていれば間違いは起こらないだろう。


 日没をもって流民に対する今日の分の炊き出しが終わり、まだ残っている列に並ぶ人たちと壁の内側に声をかけてくれていた子供たちが住処に帰った。


 なぜという理由は言わないが、今夜は誰も出歩くなと流民のリーダー格を通して流民街の流民全員に対して指示を出している。


 付近からいなくなった流民に代わって『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちが固く閉ざされたままの門の前に整然と並んでいく。全員防具で身を包んで武器を持っていた。


 西門前の部隊全員になるので二千人以上いる。


 ぼくは列の先頭だ。


 ぼくがいる場所は門から十五メートル位離れていた。


 鉄で覆われた扉の大きさは五メートル四方ある。離れていても大きかった。


 もしぼくたちがアルティア兵に騙されていたとしたら最初に不意打ちを受ける誰かは、ぼくでないと申し訳が立たない。のらりくらりは得意なんだ。


 とはいえ、ぼくは相手の顔を知っており向こうもぼくの顔を知っているので、開門後の不幸な衝突を避けるための窓口として、ぼくが先頭に立つのは妥当だろう。


 ぼくの隣にはブランとタークが一緒にいてくれる。この二人にこそ本当に申し訳ない。ちょっと話しかけただけの関係なのに。


 西門部隊の隊長であるジョシカの旦那さんには下がってもらった。


 王国の斥候は炊き出しの配膳台の手前にいる。慣れた炊き出しの案内係だ。


 もし本当に炊き出しをすることになったら、アルティア兵や国都の市民が『半血ハーフ・ブラッド』を怖がって立ち止まるかも知れなかった。列は長いのだから立ち止まらないで進んでもらいたい。王国の斥候は案内に適任だ。


 もし、壁の上から事情を知らないアルティア兵や教会の直轄部隊が外の様子を見たならば、これから何が起きようとしているか一目でわかるはずだ。


 ついに『半血ハーフ・ブラッド』が門を破ろうと一斉攻撃に転じたと思うだろう。


 けれども、ぼくたちと通じている側のアルティア兵にとっては意味が違った。


 あからさまな圧力だ。


 何が何でも力づくで今すぐ門を開けと言われているに等しい。そうすれば助けてやると。


 やっぱりやめたとは言わせない。


 門の開放に対するマリアの対処方針は変わらない。


 こちらから多大な犠牲を出してまで力づくで攻め込むつもりはなかった。

労せずして門が開くのであれば慎重に中に入る。


 開かないのであれば飢えて完全に沈黙するのを待つ。


 どうやらその前に市民たちが暴動を起こして門を破ってくれそうな気配だが。


 自分でも言っていたが尻に火が点いた状態のアルティア兵は、もう今夜決行しないわけにはいかないだろう。


 ぼくたちが門の前に整列した様子を内部で見ているかは知らないが、ぼくたちの動きで結果的にハードルが上がろうが下がろうが内通したアルティア兵たちはやるしかない。


 ぼくは西門の前に立ち、動きがないかと楼門をじっと見つめながら、ひたすら待つ。


 辺りには炊き出しのスープの匂いが漂っていた。


 深夜、楼門の内側で悲鳴が上がった。


 閉ざされていた楼門の窓が開け放たれた。明かりが漏れだす。


 アルティア兵が窓から顔を出して、ぼくに向かって手を振った。


 明らかに、ぼくに対してだった。外の様子もぼくの場所も把握していたようだ。


 残念ながら逆光のため相手の顔が分からない。


「『光源ライティング』 徹底的に」


 ぼくは近くにいた『半血ハーフ・ブラッド』の魔法職に指示を出した。


 魔法職が『光源ライティング』の呪文を放った。アルティア兵が顔を出した窓の上に『光源ライティング』の光源を付着させる。


 一発だけではなく窓の下にも門の横にも壁の上の方にも何人もの魔法職が続けざまに『光源ライティング』を放つ。楼門の側面にも放たれた。


 ぼくたちが立ち並んでいる門の前が昼間の様に明るくなった。


 窓から手を振っていたのは、壁の上からぼくに声をかけてきたアルティア兵だった。


 顔に血がついている。元気に手を振っているので返り血のようだ。


「今開く」


 男が言って顔を引っ込めた。


 楼門の下にある門扉の向こう側から、きりきりがりがりと音がした。


「包囲」


 ぼくは指示を出した。


 盾を持った『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちと槍を持った『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちが何人も半円形に二重三重に取り巻くようにして、上がっていく扉の前に展開した。


 ぼくも前に出て盾を持った隊員の後ろに立つ。


 なんでぼくが指示を出しているんだろう?


 どういうわけかアルティア兵の調略にぼくが成功したための作戦決行だからということらしい。本当は、ただ壁際を歩いていたら上から話しかけられただけなんですけど。


 ジョシカの旦那さんから最前線での指示は任せたと言われてしまった。俺より強いんだから、それくらい簡単にできるだろ?


 さては変な噂が広まっているのを根に持ったな。後でジョシカに言いつけてやる。


 音が続いて扉がゆっくりと上がっていく。


 ゴウンと最後に一際大きな音がして扉が止まった。


 ぼくの前に、ぽっかりと門が口を開けた。

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