第103話 待機

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 マリアの決断は早かった。


 夜間は中止にした炊き出しを今日に限って実施する決定をする。


 そのつもりで調理兵の手配をした。今夜は徹夜だ。


 ただし、夜間、炊き出しの配膳場所に壁の外の流民は並ばせない。


 並ぶ人はいないけれども炊き出しの調理を行って、壁の中にどんどん匂いを送ろうという取り組みだ。


 もちろん、もし門が開いて中から炊き出しを求める人がぞろぞろと出てきた場合には列に並ばせて食べさせる。投降したアルティア兵にも食べさせる。


 その場合の炊き出しの列の整理は流民と『半血ハーフ・ブラッド』の混成チームではなく『半血ハーフ・ブラッド』が単独で引き受ける。


 万が一暴動が起きてから門が開けられた場合は暴徒と化した人たちがあふれ出てくるかも知れないからだ。


 物理的に対抗できる体制で待ち受ける予定だ。流民では強面でも脆すぎる。


 だから、夜になったら付近に流民は接近禁止とした。


 とはいえ、『半血ハーフ・ブラッド』隊にとって炊き出しの列整理はおまけの仕事で本命は開け放たれた門を開けたままの状態で固定すること。


 国都の門さえ開け放したままにできれば中の市民を炊き出しのために外に出すとか、『半血ハーフ・ブラッド』隊員を徐々に中に入れて制圧範囲を広げていくといった行動が可能になる。


 国都の門で開く可能性が一番高いのは西門だが壁の上にいたアルティア兵の言葉では東西南北いずれの門も開く可能性がある。市民の不満と兵士の不安はどこでも一緒だろう。ぼくと話したアルティア兵の動きに賛同している他の兵士がどれくらいいるのか分からないけれども、内部のアルティア兵間で情報が共有され西門と連携が取られるかも知れない。


 いつ門が開いても対応できるように、それぞれの門を担当する『半血ハーフ・ブラッド』隊は日中の内にそれとなく普段よりも門寄りの人数を厚くした包囲体制を整えた。


 その上で内部の関係者に分かる形で外の準備はできたという合図を何度も繰り返す。


 具体的には子供たちから壁の内側に対するいつもの炊き出しの勧誘に言葉を付け加えて声をかけさせた。


「門の前で炊き出しを実施していまーす」


「誰でも無料で食べられまーす」


「壁の中の人も食べられまーす」


「門を開けなくても大丈夫でーす」


「ロープを降ろしてくれれば籠を結んでお渡ししまーす」


兵隊さんたちも食べられまーす・・・・・・・・・・・・・・


 後は内部任せだ。


 合図は同時にアルティア兵に対して、外の受け入れ準備はすませたから多少無茶でも今夜決行しろよ、という圧力でもある。


 万一今夜決行されなくても『半血ハーフ・ブラッド』側に人的被害は発生しない。


 近く市民が暴発するのであればアルティア兵の協力はなくても構わなかった。


 その場合は市民の皆さんに犠牲が発生してしまうが残念ながら包囲戦を選んだ時点で元々織り込み済みだ。


 ぼくに声をかけたアルティア兵の言葉が罠である可能性はあるだろうか?


 例えば門を開けて中に飛び込んできたぼくたちを一網打尽にするつもりでいるとか。


 可能性がないとは言わないけれども、ぼくの勘ではそれはなかった。


 壁の上から話しかけてきたアルティア兵は嘘をついていなかったと思う。


 内部の食料不足は、いつ市民が暴動を起こしても不思議ではないほど切迫しているのは事実だろう。ずっと外から運び込まれていないのだから間違いない。


 もしアルティア兵たちが外のぼくたちに何も言わずに自分たちだけ壁からロープを使って外に逃げ出してきた場合、包囲している『半血ハーフ・ブラッド』隊員によって直ちに捕らえられるだろう。


 逃げた理由が中で市民の暴動が起きたためだったとしたらマリアは捕らえたアルティア兵を許さないに違いない。門を閉じた原因はアルティア兵だ。


 市民が暴動を起こしそうだから逃げましたでも同じことだった。例え教会の指示に従って門を閉め籠城をしたのだとしても市民を飢えさせた責任は免れられない。何か帳消しにするだけの功績が必要だ。


 中から門を開ける行為は、まあ妥当だろう。責任をもって閉めた門を開けるのだ。


 そう考えるとアルティア兵は何らかの手段で外の『半血ハーフ・ブラッド』と接触をしなければならなかったし、『半血ハーフ・ブラッド』と話をつけられそうな裸猿人族ヒューマンとして、ぼくに接触を試みるのは自然の流れだ。


 だから、多分、嘘じゃない。


 やがて、今日の壁の外の流民に対する炊き出しの時間は終わり、壁の中の人たちを炊き出しに誘う声をかけていた子供たちもみんなそれぞれの居場所に帰って行った。


 夜が更けていく。


 ぼくは西門を前に楼門に動きがないかじっと見つめながら、決行の時をひたすら待った。

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