第105話 投降勧告

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 壁の厚さは二十メートル近くあるから、ぽっかりと開いた門の口は、そのままトンネルの口になっている。


 壁の外側は『光源ライティング』の効果で煌々と明るいがトンネルの中は光がないため真っ暗だ。


「トンネルの中も照らして」


 ぼくは近くの魔法職に声をかけた。


 魔法職の呪文がトンネルの入口付近の天井に当たりトンネル内が明るくなった。


 魔法職は繰り返し魔法を放って何メートルか置きにトンネルの天井に光源を貼り付けた。


 ぼくは前列の盾と盾の間を抜けて前に出た。


 トンネル内は完全に見通せるようになっていた。


 二十メートル先では内側の扉も上がっていた。


「早く!」


 出口の先でアルティア兵が、ぼくたちを呼んでいた。


「ぼくが行く。無事抜けられたら後に続いて」


 ぼくは盾を持った兵たちに声をかけるとトンネルに飛び込んだ。剣を抜いて走る。


 最悪なのはトンネルを抜けきる前に前方の扉が落ちることだ。


 進路を閉ざされたと振り返ったところで後方の扉も落ちている。


 前後を扉で挟んで通路内に閉じ込める仕組みの罠である可能性だ。


 閉じ込めたところで天井に開いた穴から石を落としたり槍で突いたり。


 二つの門の本来的な使い方だ。


 そういう罠に飛び込んだ覚悟で、ぼくは駆けた。


 二十メートルを駆け抜けるまでに約五秒。


 当然のようにブランとタークは、ぼくについて来てくれた。感謝。


 通路を抜けた。


 扉は上がったままで落ちては来なかった。


「遅い!」


 アルティア兵から叱責された。


「ごめん」


 まさか、ちょっと疑ったなんて言えるわけない。


 トンネルを出てすぐ左の壁に楼門に上がる階段があった。


 ブランとタークが素早く階段を駆けあがっていく。楼門内の巻き上げ機の確保を完全にするためだ。


 トンネルを抜けた前方は広場になっていた。


 ぼくを呼び込んだアルティア兵と彼の十数人の同胞のアルティア兵が、広場にいる別のアルティア兵たちに対して剣を向けて近づいて来ないように牽制していた。


 百人余りの同胞ではないアルティア兵が反対にこちらに対して剣を向けていた。


 けれども、斬りかかってくる様子はない。


 同じアルティア兵同士、牽制し合うだけで切り合いたくはないという心情が見て取れた。


 同胞側のアルティア兵が多数派のアルティア兵に対して叫んでいる。


「動くなよ。『半血ハーフ・ブラッド』は味方だ。絶対に動くなよ」


 斬りかかって来たならば、もちろん皆殺しだ。


 作戦を知らされておらず戸惑っているアルティア兵に対して門を開放した側のアルティア兵が自重じちょうを促していた。


 ぼくたちがトンネルを抜けきったと確認したのか、後を追って外の『半血ハーフ・ブラッド』隊が駆け込んで来る。


 ぼくはトンネルに向きなおった。


 トンネルから出て来る『半血ハーフ・ブラッド』たちに剣を握った手を振りながら声を張り上げた。


「攻撃禁止。左右に別れて壁沿いに進んで警戒態勢。弓持ちは壁を上がれ。魔法職はこちらで振り返って『光源ライティング』を後ろの壁に。攻撃禁止」


 早まってアルティア兵を攻撃してしまわないように何度も攻撃禁止である旨を伝える。


 近距離装備持ちの『半血ハーフ・ブラッド』隊が二手に分かれて壁伝いに広がっていく。弓を持った隊員たちは壁に上がった。


 魔法職は、ぼくの近くに留まって内側の壁面に対して次々と『光源ライティング』を放っていく。


 内側の壁の至る所が光り出した。あっという間に外よりも明るくなった。


 門前の広場に百人余りのアルティア兵たちが集まっている様子が照らし出された。


 たったの百人だ。籠城して門を守ろうという守備隊の人数としては、あまりにも少ない。


「ここを守るアルティア兵はたったのこれだけ? どこか他の場所に集まっているの?」


 ぼくは、ぼくたちを呼び込んだアルティア兵に確認した。


「西門はこれだけだ。宣戦布告時に王国戦に全員参加だと教会に国都から追い出された」


 何やってんだ教会! だから尚更何もできずにずっと籠城か。


 そのうえ味方も信じられなくなって巻き上げ機の管理だけ教会の直轄部隊で取り上げるだなんて。いざとなったら自分たち以外を見捨てるつもりなのがバレバレだ。


 一般アルティア兵としては見限りたくもなるだろう。


 おそらく、ぼくたちが門の前で突入の気配を見せていると知っても人数がまるで足りないアルティア兵たちには積極的に防戦の動きを取ることすらできなかったのだ。


 広場に集まって手をこまねいている内に、ぼくたちと内通をしている有志が教会の兵を討って門を開けた。


 マリアは慎重策を取ったけれどもゴリ押ししたとしても鎧袖一触だったに違いない。


「味方だ。『半血ハーフ・ブラッド』は味方だ。絶対に攻撃するな」


 同胞側のアルティア兵が声を上げている。


 百人のアルティア兵たちは続々と入ってくる『半血ハーフ・ブラッド』隊の動きに気圧されているようだ。


「巻き上げ機は確保した。問題ない」


 ブランが報告のため楼門から降りてきた。


「ありがとう」


 ぼくは戸惑った様子を見せている百人のアルティア兵たちの前に出た。


「バッシュです。投降される方には外に食事を用意しました。武器を捨てて我々の指示に従ってください」


 ぼくの名前は、なぜか壁の中の人にまで知られているようだから、ぼくは名乗った。


 はたして、アルティア兵たちは武器を捨てた。

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