第95話 半分

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 ヘルダの言葉に王国の斥候は慌てた。


「王国を目指されても困る。国境は閉鎖せざるをえないでしょう。このまま国都に止め置いていただきたい」


「流民たちの自発的な動きは止められません。国境までは行ってしまうでしょうから必要ならばそちらで止めてください」


 ヘルダはにべもない。


 そもそもの話として『半血ハーフ・ブラッド』が流民を管理しているわけではない。これまでも最低限の接触しか図らず他国の内政問題として基本的に放置してきた。


「十万人だよ。『長崖グレートクリフ』級の柵でもなければ簡単に壊されちゃうって」


 ぼくは口を挟んだ。


「群れでやってきて何もかも食い尽くしてしまう飛蝗バッタみたいだ」


「バッシュくん!」


 王国の斥候が軽率なぼくの言葉に悲鳴を上げた。


 十万人の流民が国境から続々と王国に入り込んでくる状況を想像したのだろう。


 整然とした兵隊の行進ではなく無秩序なアンデッドの進軍だ。


「二案だ三案だとこちら側で決めている時間はほぼないよ。流民たちがまとまって移動を開始し始めたら手遅れだ。足止めするならば今すぐにでも炊き出しをするか炊き出しがあるという噂ぐらい流さないと」


 ぼくは斥候の危機感を煽った。


 ヘルダと事前に示し合わせていた作戦は王国を脅かして向こうから炊き出しの費用を持つと言い出させようというものだ。炊き出し以外の対策をとったのでは王国にとって被害が拡大すると思ってもらいたい。


 実際には移動できない人もいるだろうから十万人の半分の五万人だとしても越境されて国内に入られたら大事おおごとになる。斥候は二案を選択できない理由として住居の手配や治安の悪化と言っていたが、その程度では収まらない問題が年単位で続くだろう。


 対策にかかる費用も莫大だ。国境を閉鎖し越えたらすべて処刑という対応ができるなら防げるかも知れないが対外的にそういうわけにはいかないだろう。対戦国の一般市民を大量虐殺する措置になる。


「一傭兵団に過ぎない我々には炊き出しをするような金も食料の備蓄もないぞ。不可能だ」


 ヘルダが『半血ハーフ・ブラッド』には物理的にできないと早々に音を上げた。


「王国は?」


 ぼくは斥候に訊いた。


「炊き出しできる?」


 斥候は頭を抱えた。


「俺に決められる話じゃないぞ」


 泣きごとを口にした。


 そりゃそうだ。


「でもここに来るまでの実感として知ってるでしょ。流民たちに食べ物はほとんどないよ。馬も食べられそうになったし。王国から来たと言ってぼくたちの食料も分けちゃったから彼らがアルティア神聖国にいるより動けるうちに王国に行ったほうが食べられるかもと考えるのは時間の問題だ。鳩で状況を知らせて検討してもらうにしても強制的に二案になっちゃわないように検討の時間を稼がないと。ヘルダ、後で王国から返してもらうからとりあえず何週間かだけでも炊き出しできない? その間は流民も残ってくれると思うんだ」


「むう。包囲戦を続けるつもりで部隊を食わせる食料のストックはあるが長くは無理だぞ」


 ヘルダが苦渋の決断といった顔で返事をした。打合せどおりだ。


 とはいえ、ぼくの立ち位置はあくまで中立。一方的に『半血ハーフ・ブラッド』だけに肩入れするわけにはいかなかった。王国にも得がないと。


「検討する当面の時間稼ぎはそれでどう?」


「ありがたい。ありがたいが時間を稼いだところで国一つ丸々次の収穫期まで食わせろというのだろう。そんな金は王国だってないぞ」


「アルティア神聖国から賠償金をむしり取ればいいじゃない?」


「この国の荒れ様だ。アルティア神聖国には金なんかまるでないのじゃないか? あれば早くから食料の輸入に力を入れているだろう。俺の知る限り少なくとも王国に対しては打診がない。金がないから、いきなり開戦して王国から奪うつもりだったと思っているが」


「じゃあ領土だ。王国の領地を『長崖グレートクリフ』の下まで広げよう。地図持ってたよね?」


「ああ」


 ちょっと驚いたような顔をして斥候は懐から折り畳んだアルティア神聖国内の地図とペンを取り出した。ペンは地図に色々と書き込みをする際に使っている。


 地図をテーブルに広げた。


 地図の上方、北の海に面した場所に元々の目的地としていた『半血ハーフ・ブラッド』居留地があり、地図の下方『長崖グレートクリフ』を意味する横線の途中にオーク集落の場所が丸で囲まれている。その南には王国の一部が少しだけ描かれていた。


 アルティア神聖国の国都の位置は国の中心よりも大分居留地寄りだ。


 ぼくは立ち上がってペンを手に取るとアルティア神聖国の国土面積を上下にほぼ等分する辺りの位置に海から海まで横線を一本書き加えた。


「国境をこの辺にすれば丁度半分に分けられるんじゃない?」

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