第96話 アルティアベルト
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「国境をこの辺にすれば丁度半分に分けられるんじゃない?」
ぼくは王国の斥候に笑いかけた。
「足りないかな?」
「馬鹿な冗談はよせ」
王国の斥候は、ぼくがふざけたと思ったのか少し怒ったような声で言ってからヘルダの顔に気づいた。ヘルダは怒っても笑ってもいなかった。いたって真面目な狐顔だ。
事前に相談をしていたわけじゃなく、まったくのぼくの独断の行動だ。
さすがはヘルダ。完全なポーカーフェイスだった。ぼくの立ち位置は、あくまで中立。
斥候は、ごくんと唾を呑んで半信半疑といった顔でヘルダに確認した。
「本気ですか?」
ヘルダは気真面目な顔のまま、
「いや。さすがに欲張りすぎだろう。ペンを」
ヘルダは、ぼくに手を差しだした。ぼくはペンを渡した。
ヘルダが身を乗り出して、ぼくが引いたのとは別の直線を地図に引く。
国都を意味する正方形の北側の辺を左右に伸ばして両端をそれぞれ海にぶつけた。
ヘルダが手放したペンが、ころころと地図の上を転がった。
「『
半分どころか王国の取り分は概ねアルティア神聖国の五分の四だ。
とはいえ、北の海に面した大きな港はすべて『
だとしても、アルティア神聖国の国都まで領土が広がれば王国は現状の倍近くなる。
「本気ですか?」
斥候は今度は半信半疑の
「戦に負けた国が地図から消える事例など歴史上いくらでもあるだろう」
「しかし実際には戦闘もしていない王国側が多く取るというのは」
「気が引ける?」
「それもありますが罠じゃないかと」
「あはははは」
ヘルダは正直な斥候の言葉に笑い声を上げた。狐耳がピコピコ動いた。
「所詮、我々は一傭兵団。身の丈以上の広い領土があっても治めきれない。その代わり、王国には炊き出しの確実な実施をお願いしたい。もっとも確実な実施でない場合は流民が遅れて王国に押し寄せるだけですが」
斥候は縋るような目で、ぼくを見た。
『大丈夫か?』と目で訴えていた。
ぼくは頷いた。
「国民を食べさせられない国なんかないほうがいい」
自分でも思ったより強い口調になった。本気でそう思っているからだろう。
斥候は少し驚いたような顔をした。
けれども、ぼくの気持ちは通じたようだ。
斥候はヘルダと話を続けた。
「この線でアルティア神聖国は降伏を承知するでしょうか?」
「結果は同じでは? 承知せずに門が開かなくても新たに国境を接する二国がお互いに承知していればすむ話です。放置しておけばいずれ門の内は静かになりましょう。生物学的に」
マリアと同じくヘルダも力づくで門を開けようというつもりはないようだ。餓死待ちだった。
「アルティア神聖国はともかく建前上別の国とされている大聖堂と大教皇が残りますが」
「大教皇ともなれば亡命先として受け入れに手を上げる国もあるでしょう。もしくは飢えて死んだ教徒の導き手として殉教されるやも。王国の判断にお任せします」
追い出すのも暗殺するのも王国の自由ということだ。
斥候は腹を括った顔をした。
「であれば王国を説得するための私案ですがもう一本線が必要かと」
斥候は地図の上に転がっているペンを手に取った。
ぼくとヘルダが引いたのとは別の直線を地図に引く。
国都を意味する正方形の
ぼくが引いた最初の一本はなかったものとしてアルティア神聖国は南北から侵食され横に細長い一本の国になった。
斥候の線は要するに王国も大聖堂と大教皇にはかかわりたくないという意思表示だ。
多分、ヘルダが国都の北を国境にした理由は大聖堂と大教皇を王国に押し付けるための作戦だ。
けれども王国の斥候は引っかからなかった。ぼくは中立だから駆け引きを見守るだけ。
「神聖国とも大聖堂とも違う呼び名を考えないと」
しれっと斥候が話を続けた。
「アルティア
「いいのでは」
ヘルダが同意した。
「では今後はそのように呼称しましょう」
斥候も承諾した。
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