第82話 意思疎通

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 ぼくは小走りでみんなに追いつき先頭を歩くリーダー格の横に並んだ。


 狭く汚く臭い流民たちの仮設住居と仮設住居の隙間を縫うようにして、ぼくたちは歩いていく。馬を連れているのでなおさらに狭く感じた。


 通りすぎる人たちが、みんな物欲しそうに馬を見ていた。物欲しそうにというより食べたそうにだ。


 幸いリーダー格が寄ってくる流民たちを追い払ってくれたのでトラブルはなかった。この人、そこそこの顔役みたいだ。


 そんなリーダー格が、ぼくに恐る恐る訊いてきた。


「お前は何なんだ? 平気で『半血ハーフ・ブラッド』に話しかけるなんて正気じゃないぞ」


「ピンチを乗り切るための機転ですよ。ああしなかったら、あなた方が襲ってきたじゃないですか。むしろ感謝してください。戦って骨でも折ったら、そんな食うや食わずの体じゃ治りませんよ」


「ふん」と、リーダー格は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


 リーダー格と一緒にぼくたちを襲おうとした人たちは遠巻きにぼくたちについてきている。とはいえ、もう襲ってくるつもりはないようだ。


 馬を労働力ではなく肉として認識しているだけあってリーダー格もそうだが仲間も行き交う人たちも全員痩せこけていた。


「国都では国から炊き出しがあるって聞いてたんですが」


「壁の中は知らんが外では半年ぐらいないな」


 だとするとアルティア神聖国が王国に対して宣戦布告をする以前の話だ。


 もちろん『半血ハーフ・ブラッド』がアルティア神聖国に独立戦争を仕掛けるよりも前だった。国として食い詰めたことが王国との開戦原因か?


「やっぱり本当の住人以外は壁の中には入れないんですか?」


「ああ。もっとも今は完全閉鎖だがな」


「じゃあみんなどうやって食べてるの?」


「採集と闇市頼みだ。アルティア兵が『半血ハーフ・ブラッド』に蹴散らされた後は少しだが肉の出回りが良くなったよ」


 リーダー格は何か含んだところのある目でぼくを見た。


 それってまさか!


 人間ヒューマン魔人オークの違いって何だったっけ?


 深く追求しては駄目だ。ぼくは喉に込み上げてきた酸っぱい物を無理やり呑み下した。


「あとは少しだが俺たち自身でも炊き出しを行って子供や老人を食わせてる。あんたら食い物を持ってるんだろ。全部とは言わない。ちょっとだけでももらえないか。炊き出しに使いたい」


 彼らは誰が何と言っても人間だ。


 それより見かけないと思っていたけれどもアルティア兵はやっぱり既に敗れていたんだ。


「国都は何で『半血ハーフ・ブラッド』に囲まれているんです? 味方の傭兵じゃ?」


 もちろん独立戦争で『半血ハーフ・ブラッド』が優勢だからだろう。本当はそんなことはわかっているけれども情報収集だ。現地の人はどういう認識でいるのだろうか?


「それが誰もわからん」


 リーダー格は本当に分からないんだという顔で言った。


一月ひとつき近く前かな。突然『半血ハーフ・ブラッド』の部隊が来て国都を取り囲んだ。何日かしてアルティア兵の部隊もやってきて襲い掛かったが一瞬で蹴散らされて敗走していった。以来、門は固く閉じられ包囲が続いたまま国都への出入りは誰もできなくなっている」


「国都の人なり『半血ハーフ・ブラッド』から何か説明は?」


「どちらも何もない」


「教会も?」


「ない」


「『半血ハーフ・ブラッド』からの炊き出しはないの?」


「あるもんか。そもそも獣人どもが俺たちの分まで食っちまうから国内の食い物が足りないんだ」


 似たような話を廃村で男も言っていた。


『俺も食いっぱぐれのない軍隊にでも入ればよかったよ。他国から食料を輸入しようにもアルティア教を嫌う出来損ないの獣人どもが幅を利かせているから話が進まないらしい』


 事実だろうか?


「食べ物がないのって『半血ハーフ・ブラッド』のせい?」


「奴らに限らず獣人全般が食っちまうせいだ」


 リーダー格は吐き捨てた。


「この国に『半血ハーフ・ブラッド』以外の獣人がいるなんて知らなかった。あなたは会ったことがあるの?」


 教科書どおりならばアルティア神聖国の裸猿人族ヒューマン比率は、ほぼ十割のはずだ。アルティア神聖国民の認識が違うのか、それとも他国が実態を知らないのか。


「実際に見たのは俺だってあいつらだけだ」


「『半血ハーフ・ブラッド』は居留地だろうけれど他の獣人はどこに住んでるの?」


「知らないがどこかにいるんだろ」


 アルティア教の教義は裸猿人族ヒューマンこそが神の似姿にすがたであるとし裸猿人族ヒューマン以外の人間を出来損ない、魔人を悪魔と徹底的に忌み嫌うものだ。


 獣人が田舎で迫害を受けずに暮らせるとは思えない。


 かといって大聖堂のお膝元である国都に住んでいるとも思えない。


 要するにアルティア神聖国内に獣人の居場所があるとは思えない。


「お前、何言ってんだ? 獣人の話は教会で習っただろ?」


 やっぱり教会か。


 ぼくの仮説は『教会が嘘つき』というものだ。


 アルティア神聖国は王都のアルティア教会を経由して王国に宣戦布告をした。


 けれども当のアルティア兵は宣戦布告後も王国に攻めては来なかった。


 崖の上からアルティア兵を見た限りでは宣戦布告をしたという必死さも見受けられない。


 どころか自分たちの国が王国に宣戦布告をした事実すら知らなさそうに感じられた。


 仮に宣戦布告が誤報でも虚偽でもなかったとしたところでアルティア教会とアルティア兵の間で意思の疎通がうまくいっていないのは間違いないだろう。


 ところで教会と軍の意思疎通がうまくいっていないとして国と国民の意思の疎通はどうなのか?


 アルティア神聖国が王国に対して宣戦布告をしている事実を一般の国民は知っているのだろうか? まして壁の外の流民は。


 もし知らなければ、この場に王国人がいたとしても珍しいなと思われこそすれ敵国の人間扱いはされるまい。


 ぼくは声を潜めた。


「習ってません。ぼくはアルティア教の信者じゃありませんから」

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