第65話 形見

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 崖の上にはオークジェネラル以外にもまだ沢山の遺体が残っていた。


 その他のオークたちとアルティア兵だ。


 放置しておけば、すぐに腐敗が進むだろう。


 実際、既に臭気があがり始めていたし金属光沢を持つ大きな蠅が無数にたかっていた。


 あわせて百人まではいかないけれども遺体が大勢であることは間違いない。


 さすがに全員を埋める穴は掘れないし、まさか遺体を崖から投げ捨てるわけにもいかなかった。対応としてはマリアたちがオーク集落でやったように集めて燃やす方法だ。


 やるならば、すぐにやるべきだろう。時間が経てば経つほど遺体は腐っていく。


 なるべく腐っていないほうが遺体に触る心理的な負担は少ない。


 ぼく一人ではできないので王国の斥候一人だけ見張りに残って、ぼくともう一人の斥候で遺体を運ぶ。


 ぼくは弓が使えないから見張りについても緊急時には役に立てない。


 だから、ぼくは遺体処理の専属となり斥候の二人は入れ替わりで見張りと遺体処理をすることになった。


 崖上には階段を転げ落ちていった馬以外にも、まだ馬が残っていた。馬の背に載せるかロープで引っ張って遺体を運ぶ方法が可能だ。


 とりあえず手近な遺体をいくつか集めて盛大に火をつけた。


 具体的には主戦場となっていた崩れた階段の手前の崖上だ。


 そんな場所で轟々と火が燃えていてはアルティア兵も隙を見て崖を登ってくるという行為は物理的にできないだろう。一石二鳥を狙った場所の選定である。


 もちろん生身の肉体に直接火をつけても簡単に燃えるものではないので油をかけ、さらに破壊された木柵や逆茂木を小さく切断した物をたきぎ代わりに一緒に燃やしている。


 弱い火では遺体が生焼けになるので近寄るのも怖いほどの大火力の維持を心掛けた。


 オークやアルティア兵を随時運んで、ぼくと相棒役の斥候は、どちらかが遺体の両手か両足を持って、せーので火の中に放り込む。


 もし相手が探索中に倒したオークや野盗だったら遺体の懐から金目の物を抜き取るところだったけれども、それはしない。


 もしかしたら本当は燃やすのは惜しい物を持っている人もいるかも知れないが持ち物の確認はしなかった。一律に燃やすだけだ。


 ただし、オークと違ってアルティア兵は自分が誰であるかを示す金属製の認識票ドッグタグを細い鎖で首から下げていた。


 ぼくは遺体を運搬しながら、アルティア兵から金属製の認識票ドッグタグだけははずして集めていた。


 身内がどことも知れない場所で死んだ兵隊の遺族は、せめて形見の一つくらいは戻ってきてほしいと願うだろう。


 死んだ兵隊自身も同様に願うものなのかも知れない。


 だって、ぼくが探索の途中でどこかでのたれ死んだとして、もし僕の遺体を誰かが発見したならばギルドに遺品としてぼくのギルドカードを届けてほしいと願うもの。


 特に示し合わせたわけではないけれども一緒に作業をしていた王国の斥候二人もぼくと同じでアルティア兵の金属製の認識票ドッグタグを回収していた。


 ぼくと同じ考えだろうか?


 それとも軍事的に何か利用する予定があるのかな?


「認識票を回収してどうするんですか?」


 ぼくは、その時相棒だった斥候に訊いた。


「君はどうするつもりだったんだ?」


 逆に訊かれた。


「遺族は何か形見になる物がほしいんじゃないかと思いまして。返してあげても?」


「ああ」と斥候は答えた。兵士の情けだ。


 王国の斥候とアルティア兵の立場がもし逆であったら、やはり自分の金属製の認識票ドッグタグは遺族に渡るようにしてほしいと願うのだろう。


 ぼくは燃える火と崖下から矢が飛んでこないかに気をつけながら崩れた階段の手前まで歩いていくと「おーい」と十数メートル離れた階段の最上段から崖上の様子を見張っているアルティア兵に声をかけた。


 声をかけてしまっては、もはやオークに変装している意味はない。


 とはいえ、階段崩落の直後、オークに化けていた王国の斥候二人が仲間割れのように残りのオークを全員皆殺しにした動きは、当時、近くの階段上にいた多くのアルティア兵たちから目撃されていた。


 ぼくたちが本当はオークではなくオークに化けてオークを扇動した裸猿人族ヒューマンだと気づいているだろう。もしかしたら王国の兵だと分っているかも知れない。だからといって、こちらから素性までは明かさないけれど。


 アルティア兵たちはずっと崖上の様子を窺っていたので、ぼくたちが遺体を一箇所に集めて燃やし始めた事実も知っているはずだ。なにせ目の前での出来事だ。


 ぼくは首にかける鎖の部分を掴んで束にして持った金属製の認識票ドッグタグをアルティア兵に掲げて見せた。


 ぼくが崖の縁まで歩いて行っても、いきなり弓で射かけられるとか、そんな動きはどこからもなかった。


 ぼくは金属製の認識票ドッグタグの束を小さな巾着袋に入れて口を紐で縛ると紐を握って縦方向にぐるぐると回して遠心力で勢いをつけた後、手を放してアルティア兵のもとへ飛ばした。


 頭上を超えそうなほど勢いがついた巾着袋をアルティア兵は少し手を伸ばしてキャッチした。


「どうかご遺族に」


「感謝する」


 そのようなやりとりが交わされた。


 例え戦場でも人として最低限の礼儀は必要だろう。


 王国の斥候二人はアルティア兵に対する見張りの任務に戻り、ぼくは燃え盛る火の勢いが弱まらないよう陣地の内外から木材を調達してきては火にくべた。


 その後、アルティア兵と小競り合いは起こらず森からオークもやってこなかった。


 ぼくたちは三人で仮眠と見張りと火の番を行いながら、ひたすら増援を待ち続けた。


 翌日の昼前、ついに王国の増援部隊が到着した。

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