第64話 黙祷

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 夜が明けた。


 王国からの増援部隊がやってくるまで、あと丸一日か一日半はかかるはずだ。


 階段が崩壊した後、夜の間にアルティア兵からの攻撃は行われなかった。


 日が昇っても攻撃は再開されていない。


 崖上に生き残っているアルティア兵はもう一人もいない状況だ。


 したがって、崖下から矢を射ってももはや誤射を犯す危険はない。


 崖の縁に身を伏せてこっそり階段や崖下の様子を窺っているぼくたちに対して、アルティア兵たちがあてずっぽうで一斉に矢を上に放ち曲射で狙ってくる可能性を、ぼくたちは心配した。


 けれども、アルティア兵たちはそのような攻撃もしてこなかった。


 途切れた階段を復旧しようという動きも無理やり崖を上って来ようという動きもない。


 壊れていない部分の階段には各段とも一人二人ずつ兵士が残っていたが時間を潰しているだけのようだ。普通に雑談すらしていた。


 一定の時間が経ったら崖下から上がって来た交代の兵士と場所を代わって降りて行く。人数に余裕があるから交代要員には事欠かないのだろう。


 最上段にいる兵士たちだけは真剣な様子で崖上を窺っていた。


 とはいえ、高低差があるので見える範囲には限界があるだろう。


 幸い、王国側の森の抜け道から新しいオークはやって来なかったのでオークとの戦闘も起きていない。


 夜明けを待って、ぼくはオークジェネラルの遺体を森に埋めた。


 木柵よりも外側だ。


 ぼくたちが現在いる崖上の木柵内の空間は王国から増援部隊がやってきたのち、さらに拡充されて近く建物も建てられるだろうと予想された。


 もし崖下のアルティア兵と睨み合いなり戦闘が続くとしたら対応するための拠点が崖上に必要となるためだ。


 仮に崖下の旧オーク集落からアルティア兵が撤退して王国が崖下を砦として利用できるようになったとしても後背にあたる崖上を奪われないようにと防御は固めるに違いない。


 いずれにしても今ある木柵の場所よりもさらに外側まで陣地は広がって崖上には兵士たちの拠点となる施設が造られるはずだ。現在の木柵内にオークジェネラルを埋めても、すぐに掘り起こされるか、その上に施設が造られる事態になる。


 だったら最初から広がった後の拠点施設の規模を見越して、その外に埋めたほうが良い。


 ぼくは、そう判断した。


 目を離した隙にアルティア兵が失地回復のために何か仕掛けてくると大変なので王国の斥候二人は見張りの任務から離れられない。


 ぼくは一人でオークジェネラルを埋めるための穴を掘った。シャベルは崖上に置かれていたアルティア兵の荷物の中から発見した。


 ぼくよりも遥かに長身なオークジェネラルが納まる大きさの穴を、ぼくは何とか掘り上げた。


 穴の中にオークジェネラルの遺体を寝かせる。


 ぼくはオークジェネラルの装備を回収せず着たままにさせておいた。


 墓穴には剣も一緒に入れてあげた。


 オークに宗教や死後の世界という概念があるのか知らないが手元に剣があった方が安心できるだろう。本人はもう何も言わないから、ただのぼくの気休めだが。


 ぼくのギルドカードや兵隊が持つ金属製の認識票ドッグタグのような身元がわかるための何かをオークは持っていないらしい。


 そもそもオークに名前があるのかも知らないけれども独自の言葉があるのだから多分、名前だってあるだろう。おい、とか、お前だけじゃ会話が不便すぎる。


 生憎、ぼくはオークジェネラルの名前を知らなかったから土を被せた後には目印代わりに一抱えもある石を転がして載せただけで墓碑銘は刻まなかった。


 もっとも目印を置いたところで、今後、ぼくに墓参りに来る予定はないし場所だってすぐに分からなくなってしまうだろう。やっぱり、ぼくの気休めだ。


 黙祷。

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