第63話 埋葬

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 ぼくは、うつ伏せに倒れたオークジェネラルに駆け寄った。


 身を屈めてジェネラルを仰向けにした。


 抱き起こそうとする。


 オークジェネラルの額と喉に矢が刺さっていた。


 ジェネラルは大きく目を見開いたまま事切こときれていた。


 その間にも斥候二人は素早く次の矢をつがえると、まだ残っている肩書付のオークを皮切りに次々ところしていった。


 リーダー、メイジ、アーチャー、並オーク。瞬く間に崖上のオークたちは一掃された。


 森に繋いでおいた馬を食べていたオークの群れを倒した時以上の斥候たちの手際の良さだ。


「やったな。君の作戦がうまくいった」と、王国の斥候二人はジェネラルに向かってしゃがみ込んでいる、ぼくの元までやってくると、にこにことした顔で、ぼくに声を掛けた。


「どうして?」


 ぼくは突然の事態がよく呑み込めずに呆然としたまま声を上げた。


「どうして殺したんですか?」


「どうしてって、こいつらオークだぞ。やられる前にやっとかないと」


 あ。


 そうだった。


 すっかり仲間になったような気になっていたけれども、ぼくたちは裸猿人族ヒューマンで彼らはオークだ。


 ぼくたちは人間で彼らは魔人だ。


 裸猿人族ヒューマンはオークにとって食べ物に過ぎなかった。


 アルティア兵との戦いに一区切りついた今、ぼくたちがオークのふりを続けようとしたところで、すぐに見破られてしまうのに違いない。突撃前みたいに話しかけられたらそれまでだ。


 今射ってもらわなかったら真っ先にぼくがジェネラルと殺し合いになっていたところだ。やられる前にやっとかないと、という王国の斥候の理屈もよくわかる。


 わかるんだけれども、だからといって、もやもやしないわけではなかった。


 一連のオークジェネラルの行動を見ている限りオークにも仲間意識という感情がある。


 ぼくに夫であるオークキングを殺されてオーククイーンが復讐をしようとしたことから夫婦愛とか家族愛という感情も存在する。


 そう考えるとオークもぼくたちとそう違わない人間・・なんじゃないかという気がしてきた。


 オーク語だけれども言葉でお互いの意思の疎通を図ってもいる。ぼくたちと同じだ。


 だとしたらオークとも分かり合えるのでは?


 そもそもお互いの間で子供が生まれるんだから生き物としてはある意味同じ

だ。


 人間と魔人の違いは死んだ仲間の遺体を食べるか否かであるとされていた。


 けれども誰が何を食べるかなんていうのは住んでいる場所や置かれている環境によって変わるんじゃないだろうか。


 オークだって他に食べ物がある状態では、わざわざ仲間の遺体は食べない気がする。


 あまり思い出したくはないけれども、ぼくが崖の下のオーク集落にいた時、オークが食料保管庫にしていた建物があって『半血ハーフ・ブラッド』がオーク集落殲滅の依頼を受ける前のアルティア兵とオークの戦いで発生した食料が保存されていた。


 オークとアルティア兵の遺体だ。


 オークは、まずアルティア兵の遺体から食料にしていたようだった。


 オークやゴブリンは基本的にどこに行っても人間に住処を追われるので荒野とか砂漠とか岩山とか満足に食べ物もない人間が住めないような場所にしか長くは住めない。


 そのような悪環境の場所であっても探索者や軍隊によって常にどこかにオークの集落はないかと探されているため発見され次第、殲滅されてしまう。せっかくつくったこの集落も人間に奪われてしまった。


 そんな安心ができない環境の下での子育てであるため本来の成人である肩書付オークまで育つオークは、ごくわずかだ。


 人間に見つからずに子供を育てるためには同族の遺体すら食料にしなければならないような食料事情の悪い場所にしかオークは住めない。


 そう考えると人間がオークに共食いをさせてオークを魔人たらしめているとも言える。


 だからといってオークの食料事情を好転させて共食いの習性をなくせば良いかというとそれも違う。


 繁殖力が強いオークの全てが肩書付オークまで成長する環境がもし整ったら現在ある人間の九割が裸猿人族ヒューマンであるという状況はなくなり世界はオークで溢れかえるだろう。


 もしオークが全員オークジェネラルだったとしたら裸猿人族ヒューマンに勝てる要素はない。


 裸猿人族ヒューマンはオークを見縊りすぎている。


 そういう意味ではオークを過酷な生活環境に追いやり続けてきた先人たちは正しい。


 ぼく個人の気持ちとしてはともかく、裸猿人族ヒューマンとオークはしゅとして相いれないものなのだろう。


 だとしても、


「一時的とはいえ戦友であったつもりです。せめて埋葬ぐらいしてあげたいのですが」

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