第57話 光源

               60


 篝火に照らされる範囲まで近づいて来たオークたちは呑気に馬の肉を齧っていた。


 特に篝火を警戒している様子はない。


 もしかしたら自分たちオークの集落の明かりだと思っているのかも知れなかった。


 総勢十人。探索者パーティー、二チーム相当だ。


 やはり流しのオークとは思えない。意図があって、この場所に来ているはずだった。


 全員が両手に馬の肉を持っている。


 腰や背に血の染みが付いた袋を下げているので、お土産も持っているらしい。


 そんな簡単に騙されて大丈夫なのかという気もしたが、ぼくたちの作戦は気に入ってくれたようだ。但し、肩書付のオークはいない。ただのオークだけだった。


 オーク自身は光源になる物を持っていない。


 今夜は彼らの夜目が利く範囲内の暗さなのだろう。


 その割には陣地にいるのがアルティア兵だと気づかずに無造作に近づいていく。


 アルティア兵の防御陣地は枝葉を外に向けて設置された逆茂木の内側に木柵が作られ木柵の一部が途切れて出入口になっていた。


 出入口はバリケード台車で内側から封印されている。


 ぼくが気付いているということは、もちろんアルティア兵もオークの接近に気づいているということだ。


 アルティア陣地の出入口を守る歩哨から警告の笛の音が上がった。


 味方にオークがやって来たと知らせるための笛の音だろう。崖下まで聞こえたはずだ。


 笛の音が、ぶつりと突然断ち切れた。


 警告の笛を吹いたアルティア兵の首に矢が突き立っていた。


 オークが射った矢ではないがオークの矢だ。隠れていた王国の斥候どちらかの仕業だった。


 さすがだ。


 笛の音と倒れるアルティア兵の姿にオークたちも前方の明かりが味方の集落ではないと気づいたようだ。


 戦闘が開始されたのだと分かったのだろう。


 オークたちは肉を捨て集落に向かって一斉に駆けだした。


 まっすぐにバリケード台車に向かう。


 台車を押し込まなければ陣地内に侵入できないぐらいは理解をしているようだ。


 アルティア陣地内では笛の音に呼ばれた歩哨たちが左右から続々と出入口に殺到してきていた。


 王国の斥候二人の射った矢が駆けつけるアルティアの歩哨たちに刺さって次々と転倒させていく。


「どこかにオークアーチャーがいるぞ」


 柵の向こう側でアルティアの歩哨が声を上げた。


 ぼくは、ほくそ笑んだ。予定どおり誤解してくれたみたいだった。


 オークの先頭がバリケード台車に到達した。


 オークは外に向かって突き出している尖った杭の先端を掴むと駆けてきた勢いのまま台車を陣地内に押し込もうとした。


 そのオークはバリケード越しに槍で刺された。


 けれども次のオークも台車に到達して台車を押した。


 どこかから飛来する矢が台車の向こう側で槍を握るアルティア兵に突き刺さる。


 陣地は篝火で明るくなっている。アルティア兵がどこにいるかは良く見えていた。


 一方の森は暗いままだ。


 オークアーチャーに化けて潜んでいる王国の斥候の姿は相手に見えない。


 もちろん、ぼくも隠れたまま見つかっていなかった。


 オークの力が裸猿人族ヒューマンの十倍あるとするならば一人のオークに対して台車の向こう側を十人がかりで抑えなければ均衡しない。


 とはいえ、台車の車輪にはロックが掛かっていた。そのせいで車輪は回転しない。


 オークに押されてもバリケード台車は動かなかった。


 けれども単純に十倍の筋力があるので車輪が回らないならば回らないまま、ただの置かれたバリケードのつもりで押し込むだけだ。


 オークという脳筋集団は力づくには定評がある。


 しかも台車には後続のオークが続々と取り付いた。


 二人取り付いたなら二十人、三人取り付いたならば三十人の抑え手が必要だ。


 一方、崖上のアルティア兵の総数は約三十人だ。


 オークが四人以上でバリケード台車を押し込めれば口が開く。


 突然、森の木の下枝の一本が輝いた。


 地下迷宮でよく使われる『光源ライティング』の呪文だった。


 基本の使い方は魔法職が自分の杖の先端に発光する源を貼り付けて明かりとするものだ。


 今回は杖ではなく森の木の下枝に光源を付着させたのだ。


 陣地内にアルティア兵の魔法職がいたのだろう。


『同期集団』では魔法職はジェイジェイだ。


 もちろん『光源ライティング』の呪文も使っていた。


 ジェイジェイの杖に付いた光の源を触らせてもらったけれども熱くはなかった。


 触ったところで粘着物質的な何かがそこにあるというわけでもない。


 手触りは杖のまま、なぜかそこだけ光っているのだ。


 こすれば消えてなくなるというわけでもない。


 消すためには時間がたつか術者が消すか闇の魔法で打ち消すしかないという話だった。


 輝きだした樹木の下枝の光源部分に矢が突き立った。


 消そうとして王国の斥候職のどちらかが射ったのだ。


 もちろん無駄だ。矢など関係なく下枝は光り続けている。


 代わりに斥候職が潜んでいる位置がアルティア兵にばれた。


 アルティアの防御陣地内から斥候職に向けて一斉に矢が飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る