第56話 潜伏
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ぼくの装備はオークジェネラルそのものだったけれども斥候の二人は違う。
正規の王国軍の鎧姿だ。さすがに、そのままではアルティア兵の前には出られない。
かといって今倒したオークの装備は着られたものじゃない。
ゴブリンみたいに
しかも、どれもボロだ。防御力などないに等しい。
ジェネラルではなく、ただのオーク装備だったから仕方ない。
十三人分のオークの装備を剥いだとしても斥候二人が全身をオークに偽装することはできそうになかった。
せいぜいボロ布と区別がつかないような外套がいくつかあったので、それを被るぐらいだ。
サイズが小さいので被るだけでなく腰にも巻く。
オークに偽装というより王国軍の装備が表から見えないようにするぐらいしかできなかった。遠目ならばオークのように見える、程度の偽装だ。
変な見た目であること自体は『オークだから』で済ませられるかも知れないが直接アルティア兵の前に立ってしまうと気付かれる恐れが高い。
「お二人は弓を使えますよね?」
ぼくは訊いた。
オークアーチャーだけが弓を使うオークというわけではない。
ただのオークも遠距離攻撃ができる武器として弓を使っていた。
弓が得意なオークが育ってオークアーチャーになるのだ。
だから、ぼくたちの周りに倒れているオークの中にも弓を持っていた者がいた。
矢筒にはオークの矢がたっぷり入っていた。
夜中にオークの矢で射られればアルティア兵はオークに襲撃されたと思うだろう。
「オークとアルティア兵の戦闘が始まったら隠れて遠くから射ってください。絶対に姿を見られないように。外套はあてにしないで」
「君は?」
「ぼくは弓を使えません。隙を見て柵や逆茂木に火をつけて回ります」
「闇の中、火を持ち歩くと目立つぞ」
アルティア兵に斬られたり射られるかも知れないという心配だろうか、それとも目立つと正体が
ぼくは後者だと判断した。
「安心してください。こう見えてオーク装備歴は長いんです」
なにせ、もう半月近く着ている。
ぼくのオーク姿は千人のオークの群れすら
「狙われるぞと言っているんだ」
なんだ、そっちか。
「じゃあ援護をお願いします。ぼくが囮になるので、そこを仕留めてください」
「しかし」
「絶対に、ぼくには矢を当てないでくださいね」
ぼくは、それ以上の斥候の心配を打ち切った。
それよりも心配なのは本当にオークがアルティア兵に襲い掛かってくれるかだ。
抜け道からオークが集落にやって来てくれなければ話にならない。
破れかぶれで、ぼくたち三人だけで襲い掛かったのでは瞬殺されるだけだ。
オークの襲撃に陰から加勢する形で何とかしたい。
オークが一時的にでもアルティア兵を崖下に追い落として、しばらく崖の上に留まってくれるとなおのこと良かった。
ぼくらはその隙に逃げて援軍と合流し、援軍にオークを倒してもらう。
崖上さえ王国の軍隊で占拠できればアルティア兵が下に一万人いたとしても簡単には上って来られない。
どうにかしてアルティア兵に階段を何日か使わせないような時間稼ぎができれば、ぼくらの勝ちだ。その間に援軍が来てくれる。
ぼくは自嘲した。
自分でオークから集落を奪っておきながら今度はオークにとり戻してくれないかと願っている。勝手な話だ。
だとしても、願わくはオークが一帯を壊滅してくれることを。
そのためには、ここまでオークに来てもらわないといけなかった。
馬の血と肉がせっかくあるのだから、これでオークを誘き寄せられないかな?
点々とパンくずを撒いて小鳥を誘導するように、ここから集落の近くまで馬の死体を引き摺って血で線を書いて行けば血を目印にしてオークを誘導できないだろうか?
ここから集落までだけではなくて逆にオークの抜け道を遡るほうにも血で線を引く。
途中で点々と肉の切れ端を落としていけば、より効果があるのでは?
肩書付のオークには警戒されるかもしれないけれども五歳児頭の並オークならばいける気がする。
肩書付は直接は馬の血肉に誘導されなくても、何かがあるのではないかと探りを入れて結局は崖の上のアルティア防御陣を発見するだろう。それならそれでもいい。
そう考えたぼくたち三人は手分けして持ち運べる大きさに馬の死体を解体してオークを呼び寄せるための誘導の仕掛けをオークの抜け道上に施した。
倒したオークの死体はオークに見つけられると警戒してオークが逆に離れてしまう恐れがあるので集めて軽く土をかけて見えなくした。
その頃には、すっかり夜だ。
ぼくたち三人は崖の上の防御陣地の近くの木の陰に、それぞれ別れて身を隠した。
アルティア兵は勿論オークからも見つからないようにする。
オークがぼくたちに襲い掛かってしまっては元も子もない。
アルティア兵の防御陣地は木柵に沿って十メートルぐらいの間隔で点々と篝火が焚かれていた。柵の内外が照らし出されている。
柵の内側を歩哨が行ったり来たりしていた。
一人の歩哨が篝火から篝火の区間を行き来しているので全体で十数人はいるだろう。
歩いている歩哨とは別に篝火の元に留まり森の様子をずっと見張っている歩哨も同じくらいの人数がいた。あわせれば三十人ぐらいの歩哨が崖の上を守っている。
もちろん、有事には崖の下からすぐに増援が駆けつけてくるはずだ。
一万人の部隊に三十人の見張りが多いか少ないかはわからないけれども長さ約百メートルの崖の崩落区間に対して三十人の見張りは多い気がする。三メートルに一人だ。
それだけの警戒を必要とする程度にはオークの襲撃が今まで行われているのだと信じたい。だとすれば、きっと今日だって。
夜は深々と更けていく。
ぼくは息を潜めてオークがやってくるのをひたすらじっと待った。
ぼくは、いつもすぐ寝てしまっていたけれども、こんな濃密な時間をマリアたちは過ごしていたのだ。
篝火がちろちろと揺れている。
ぼくは遠目に、それを見ていた。
ぼくは完全に森に溶け込んで森と気配を一体化している。
やがて、
空気に違和感。
来た!
抜け道上に複数のオークの気配がした。
オークの接近を嬉しいと感じたのは初めてだった。
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