第58話 増援

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 王国の斥候職は慌てて樹木の裏に隠れた。


 矢は斥候職には当たらず今まで斥候職がいた場所を通り抜けて地面に落ちたり木に刺さったりした。


 アルティア陣地の魔法職が手当たり次第に樹木に『光源ライティング』をかけていく。


 次々に別の木の下枝が光を放ちだした。


 辺りは昼間よりも明るくなった。


 ぼくたち三人は隠れるしかない。


 バリケード台車に取り付いて押し込もうとしているオークたちが槍で刺され矢で射られて倒れていく。陣地の中では崖の下からアルティア兵の増援も上がってきたようだ。


 畜生。ここまでか。隙を見て防御陣地に火をつけるような真似はできなかった。


 ぼくが火炎呪文の使い手ならば良かったのに。


 そんなことを思っている内にも魔法の明かりの範囲はどんどん広がる。攻防が行われている防御陣地中央の出入口前を皮切りに木柵と逆茂木に沿うように次第に左右へ明るさが広がっていく。


 オークが襲っている出入口は崖崩落部のほぼ中央だ。出入口から左右に五十メートル程度ずつ半円形に木柵と逆茂木で防御陣地は作られていた。


 違う言いかたをすると木柵と逆茂木の両末端まで出入口からは約五十メートルずつ離れていた。


 その双方五十メートルずつ離れた場所を目指して逆茂木の隙間をり抜けるようにして、それぞれ十人近いオークが密かに忍び寄ろうとしている姿を『光源ライティング』があらわに浮かびだした。


 ただのオークではない。肩書付だ。


 左右ともそれぞれオークリーダーを筆頭にオークアーチャーとオークメイジで編成されたチームが防御陣地末端に迫っている。


 ところで、オークの襲撃を知らせる警告の笛を聞いたアルティア兵の歩哨は全員、防御陣地の出入口へ向かって慌てて駆けつける動きをとっていた。


 要するに防御陣地の末端には現在アルティア兵はいない。


 肩書付チームは悠々と木柵に辿り着いた。


 左右どちらの側でもオークメイジが『火球ファイアボール』の呪文を木柵に放った。


 オークリーダーが黒焦げになった木柵の残骸を蹴倒しオークアーチャーを先頭にして肩書付オークチームはアルティア防御陣地内に突入した。


 オークアーチャーがバリケード台車の押し合いをしているアルティア兵に対して、矢を放った。


 台車に取り付いていたアルティア兵は左右から飛来する矢に軒並み貫かれた。


 肩書付オークたちは左右それぞれの側から中央の出入口を目指して走りだす。


 槍で刺されはしたものの、まだ力の残っていたオークが押し返すアルティア兵がいなくなった台車を力任せに防御陣地内に押し込んだ。


 台車は矢で射られて倒れたアルティア兵の体を踏み越えて崖に向かって進んだ。


 ロープに掴まるか這わないと登れなかった崖の急斜面にはアルティア兵によって頑丈な階段がつくられていた。


 崖下のオーク集落にあった木材と森を伐採して意したのであろう木材を使ってつくった、馬でも上ることができる幅と広さを持つ階段だ。一段が三メートル四方ぐらいある。


 突貫で作ったにしては良い出来だ。アルティア兵の工兵チームは優秀なのだろう。


 一万人もの大集団を上げるためには華奢な階段であっては登れない。万一、途中で崩れたりしたら大惨事だ。


 その階段をアルティア兵の増援部隊が続々と登ってきていた。


 前方の何人かがバックで突っ込んでくる台車の取っ手を掴んで受け止め背後の兵たちが慌てて加勢して台車を止めた。


 身を躱して台車の横に素早く出た一人のアルティア兵が台車を押し込んでいるオークの首を、すぱりと斬り落とした。


 最初の十人のオークは、これで全滅だ。


 台車を受け止めたアルティア兵たちとは別のアルティア兵が台車を中心に左右に分かれて、それぞれ両方向からやってくる肩書付のオークチームに向かって陣地内を駆けていく。


 一方の先頭を走るアルティア兵に矢が突き刺さって盛大に転倒した。


 隠れていたはずの王国の斥候が射った矢だった。


 肩書付チームのオークアーチャーの矢もアルティア兵に飛んだ。


 アルティア兵たちも射返していた。


 オークメイジの『火球ファイアボール』とアルティア兵の魔法職の『火球ファイアボール』が、それぞれ飛び交う。


 左右どちら側でも似たような状況だ。


 王国の二人の斥候は陣地出入口を中心にして、それぞれ左右どちらかの側を受け持って森に隠れていた。


 その位置からであれば中央の攻防に対しては左右から矢を射かけられるし戦場が左右のどちらかに移動しても、どちらか一方はオークを支援できる。


 それに対してぼくが隠れているのは中央出入口の前方だった。防御陣地だけでなく、あわよくば階段にまで火をつけようという目論見があるためだ。


 もっとも今のところ、ぼくは何の活躍もできていない。


 オーク台車が押し込まれて、ぽっかりと陣地の出入口が口を開けたが攻め手となる中央のオークが全滅していた。


 今のところ崖下から上がってくるアルティア兵は陣地内で左右に分かれていっているものの、すぐに陣地から外に出て回り込んで木柵の末端から侵入したオークたちと同じ場所を入って背後から挟撃する方法を思いつくだろう。そうなると押し包まれる。


 だとしたら、出入口からアルティア兵を出してはいけない。


 手が空いているのは、ぼくだけだった。


 行くしかないか。


 そう思った時、背後から樹木に隠れて陣地の様子を窺っているぼくの隣に誰かがやってきて同様に身を潜めた。


 ぼくは横を見た。


 オークジェネラルだった。                                                                    

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