第54話 鳩

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「オーク!」


 斥候二人のどちらかが声をあげて二人は瞬時に、ぼくの前に出た。


 三千人のアルティア兵が待ち受けているかもしれない場所への偵察に二人だけで抜擢されたのだ。生半可な技量の持ち主であるはずはない。


 おまけに、ぼくは公的には道案内を務める民間人だ。危険な目には合わせられない。


 十数人のオークは二人によって瞬く間に切り伏せられた。


 全員、ただのオークだ。肩書はついていない。


 ぼくの出る幕は、まったくなかった。


 内臓を引き出されて食べられている二頭の馬の死体の周りに十数人のオークが倒れ伏している。


 あたりは血みどろの惨状だ。


 馬はオークに、いきなり斬りつけられて殺されたみたいでロープで木に結ばれたままだった。


 馬の身体に括られた荷物も、そのまま外されずに死んだ馬にくっついている。


 馬の両側面に荷物があるので一方の側の荷物は倒れた馬に潰されている。


 ぼくが相乗りしていなかったほうの馬の胸の前には中身が何かわからないが木製の箱が吊られていた。


 三十センチ真四角ぐらいの大きさだ。


 運良く倒れる馬に潰されずに済んでいたが、もちろん横倒しになっていた。


 箱には小さな穴が幾つも開けられている。


 斥候が馬から箱を外して正常な向きにして地面に置いた。


 もう一人の斥候が懐から小さな筒を二本とペンを出した。


 直径一センチ、長さ二センチほどの小さな筒。


 斥候は筒を開け中から丸められた小さな薄い紙を出した。


 紙を広げて小さな文字で何やら文章を書きつける。


 再び紙を筒にしまった。


 もう一本にも同じ行為をした。


「いいぞ」


 と、箱を置いたほうの斥候に声を掛けた。


 声を掛けられた斥候は箱の蓋の留め金を外し、わずかに隙間を開けると手を突っ込んだ。


 中から一羽の鳩を取り出す。連絡用の伝書鳩だ。


 鳥籠ではなく空気穴を開けた箱であったのは強度をとるためだ。


 万が一、馬が倒れても直接潰さない限り壊れなかった。籠では、そうはいかない。


 鳩を受け取った斥候は鳩の足に筒をつけると鳩を放した。


 鳩は怪我をした様子もなく飛び立ち、ぼくたちがやってきた方向、駐屯地へ向かって一直線に飛んで行った。


 箱からもう一羽鳩を取り出し同様にする。


「何て書いたんです?」


 ぼくは聞いた。


 機密事項だ、と言われるかも知れないと思ったけれども斥候は答えてくれた。


「敵一万。崖上に橋頭保建設中。大至急、援軍乞う」


「もう一つは?」


「両方同じだ。鳩が鷹に襲われるかも知れないから予備で二羽飛ばす」


 二羽目の鳩も同じ方向に無事飛んで行った。


 鳩の速度ならば完全に日が沈む前に駐屯地に着けるだろうか?


 それともどこかで一晩休んでから飛び直して到着は明日の朝か?


 いずれにしても徒歩で帰るよりも馬で帰るよりも遥かに早い。


 鳩を見送った斥候は安心したように息を吐いた。


「とりあえず鳩が無事で良かった」


「鳩を連れて来ていたんですね。自分たちで戻って報告するのだと思っていました」


「万一の時にそれだと遅くなりすぎるからな」


 軍隊には今この場に一緒に来ていてほしかったが、それは言っても仕方がない。


「援軍は、いつ着きますか?」


「遅くも明後日には」


 明後日の朝か晩かでも大違いだ。


「まる二日か」


 思わず声に出た。大分遠い。


「馬で送るつもりだったができなくなった。すまないが先に一人で帰ってもらいたい」


 斥候二人は、この場に残るつもりのようだ。


「嫌ですよ。援軍が来てから、ぼくも馬で帰ります」


 斥候二人は顔を見合わせた。


 言いづらそうに、


「いや。ここは危険だ。アルティア兵が、すぐにも侵略を開始するかもしれない」


「お二人は様子を見るだけですか?」


「うん?」


「もし明日侵略が開始されそうになったら二人で食い止めようとするんでしょ。


 少なくとも何とかして援軍が来るまでの時間を稼ごうとするはずだ。


 ぼくも残ります」

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