第53話 馬
56
ぼくたちは駐屯地を出た翌日の夕刻『
馬を降り森の中の手近な木に繋ぐ。
そこから徒歩で元オーク集落を目指した。
馬に乗ったまま集落に近づいてアルティア兵に馬が立てる音や
行き、帰り、行きと、ぼくにとっては三回目のオークの抜け道だった。
駐屯地を目指していた際と同じく幸いなことに今回もオークには会わずに済んだ。
オーク集落の壊滅を世の中の他のオークたちが知っているのか知らないのかはわからないが王国側からオーク集落を目指していたオークの流れは、もう止んだのだろうか?
結論から言うと、ぼくたちがオーク集落を直接見下ろすことはできなかった。
斧を木に打ち付ける音が辺りにカンカンと響いていた。
崖上でアルティア兵が派手に樹木を伐採していた。
領土侵犯以外の何者でもない。宣戦布告は、まだ行われていなかった。
本来この付近に
ぼくは、ほらね、と、一緒にここへ来た斥候兵二人に目で語った。本当でしょ。
マリアたちを助けるために、ぼくがオーク集落に侵入した時、オークたちはアルティア神聖国側のみを気にしていて森側から後背を突かれる心配はしていないようだった。普段、人が来ることのない崖の上は自分たちの縄張りの内側だという認識でいたのかも知れない。
もし崖の上に跳び道具を持って半円形にずらりと並べば下方にあるオーク集落は狙いたい放題だ。
火攻めでも魔法攻めでも使って労せずに殲滅できるだろう。
マリアたちは崖の上が王国の領土であったため大規模に『
アルティア兵もオーク集落の立地的な脆弱さは分かっているため王国侵略の橋頭保として確保した集落を開戦後すぐに陥落されないよう防備を固めているところだった。
ぼくたちは樹木の陰に隠れて伐採地の様子を
崖の崩落個所を中心とした前後百メートルずつぐらいの範囲の樹木が崖に近い側からすべて伐採されている。
倒した木は枝が森側を向くように並べられ森からの人の接近を拒むための逆茂木として設置されていた。
逆茂木とは別に格子状に組んだ木の柵も建てられ、やはり人の接近を拒んでいる。柵の縦杭の先端は尖らせてあった。
倒した木の移動には要所で馬が使われている。
ということは、馬を崖の上に登らせるための階段が急斜面上に既に設置されているということなのだろう。
階段の規模次第では下から馬を連れた大軍が一斉に上がって来られるということだ。
逆茂木も柵も木製のため火をつければ燃えてしまうものだが乾燥させていない生木であるため、そう簡単には火は燃え広がらない。
斥候二人は、ぼくをその場に残すと、さらに現地に近づいて偵察を行うべく姿を消した。
生憎、ぼくに斥候的な相手に気づかれずに忍び寄ったり偵察をしたりという能力はない。
現状は絶対にアルティア兵に見つかってはならない状況だ。
アルティア兵は自分たちの存在を王国に気づかれていないと思っているから時間をかけて防備を拡充しているところだが、もし、ぼくたちに見つかったとわかったら優位な立場を失わないよう即座に全軍で王国内に攻め込んでくるだろう。
斥候二人は、すぐに深刻な顔立ちをして戻って来た。
「三千どころじゃない。一万はいるぞ。馬も多数いる」
斥候の一人が、ぼくに囁いた。
ということは、アルティア兵は、ぼくが離れた後、さらに仲間を呼び寄せたのだ。相手の本気がわかる。
今この瞬間、この場に千人でも王国兵がいれば力づくで階段を確保してアルティア兵の侵略の阻止ができただろう。
崖上に展開して階段を上ってくる相手を次々に狙い打つのは難しくない。
ぼくは少しでも早く兵隊に来てもらおうと直接駐屯地に兵隊を呼びに行ったのだけれども軍隊を出すのに先立ち、まず自分たちの目でも確認したがるのは当然だった。
これから斥候が駐屯地に事実を持ち帰って王国兵の部隊が寝ずに駆けて、ここまでやってくるとしても早くとも二、三日はかかるだろう。間に合うだろうか?
「戻るぞ」
斥候は囁くように、ぼくに言った。
ぼくたちは馬を繋いでおいた場所に戻った。
血の匂い。
十数人のオークが、ぼくたちの馬を裂いて生のまま齧っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます