第33話 一閃

               33


 マリアたちはオーク集落へ降りる斜面の上の木にロープを結び付けた。


 ロープを掴んで斜面を後ろ向きに降りていく。


 先頭がマリアだ。


 次いで、ルン、ヘルダ、ジョシカの順である。


 マリアは降りて行く途中で自分が握っているロープに別のロープを結合させて延長を伸ばしていった。


 当然、途中で下にいた見張りのオークに発見された。


「おい、お前!」


 誰何すいかされた。オーク語だ。


 矢が飛んできてマリアの近くの斜面に落ちた。


 誰にも当たらなかったのは射った側が誰にも当てないつもりだったからだろう。


 脅しだ。


 ということはオークへの偽装が効いていた。


「馬鹿野郎。撃つな」


 マリアはオークたちを怒鳴りつけた。


 オーク語だ。


 残念ながら幼い頃に使わざるを得ない環境下にあったのでマリアはオーク語で話ができた。


 矢が止んだ。


 これで少なくとも下までは降りられそうだ。


 最終的に崖の上から斜面のほぼ下までロープは届いた。


 四人は下にいた十名程のオークに剣を突き付けられて囲まれた。


 マリアは動じた様子は見せずに自分たちを囲むオークを見下ろした。


 ルンを除いてオークたちよりマリアたちの方が背が高い。


 マリアは兜の下半分から剥き出しになった顎を見せつけ、さらに牙をむいた。


「増援だ」


 マリアは不機嫌そうな動きで突き付けられた切っ先を手で押しのけた。


 囲んでいるのは、ただのオークだ。


 ジェネラルでもリーダーでもアーチャーでもメイジでもない。


 せいぜい五歳児並みの知能の持ち主たちだった。


 マリアは腰に下げていた布袋を外して紐を解いた。


 以前はジェネラルの首が入っていた。


 今は死んだ兎が丸ごと入っている。この時のために仕留めて持っていたものだった。


 オークは少しくらいの肉の傷みなど気にしない。


「飯は食ってるのか? おまえらで分けて食え」


 うほ、と、オークは嬉しそうに受け取った。


「なぜ上で見張っていない? 上り下りのロープもないぞ」


「ここからのほうが楽」


 斜面の上り下りが手間なためだろう。


 仮に攻められても一度に大人数で降りてこられるわけではないので下から射れば対処できるという判断だ。


 今回は降りきってしまっているが。


「この集落にキングはいるのか?」


 オークキングがおらずオークジェネラルまでの集落であれば制圧が楽になる。


「いる」


 残念ながら悪いほうの想定どおりだった。


「どこだ?」


 オークは集落に並ぶ幾つもの建物のうち一際大きい建物を指さした。


「キングとロードはあそこだ」


 聞き捨てならない発言。


「ロードは何人?」


「三人」


 オークは指を三本立てて突き出した。


 想定以上だ。


 キングだけならこのまま建物に押し入って仕留めるのも有りだと思うが、ロードが三人もいるのであれば当初予定どおり本隊の押し入りを目指すべきだ。


 オークロードはオークキングに、ほぼ準じる実力を持っている。


 討伐適正パーティーランクB。


 討伐適正探索者ランクならば、Aだった。


 マリアら精鋭チームなら倒せるはずの相手だが複数同時だと困難だ。


「キングに挨拶したいところだが、まだ早いな」


 マリアは空を見上げて礼節がある振りをした。


 夜は明けていない。


「石壁の様子でも見てこよう。兎を食う気なら案内してくれ」


 暗に案内しないなら兎肉を返せという意味を込めた。


 兎を受け取ったオークは一瞬躊躇した。


 けれども、返すという選択肢はないようだ。


 オークは自分の腰に布袋を結び付けた。


「ついてこい」


 マリアたちは背を向けたオークの後について石壁に向かった。


 斜面を降りて建物が立ち並ぶ場所を通り過ぎた先に石壁が聳え立っている。


 表側からオーク集落への出入口は二か所。


 石壁と左右の崖の隙間にある通路だ。


 どちらの通路にも棘のあるバリケード式の台車が扉代わりに嵌められて蓋がされている。


 通路部の石壁は高さ三メートル、長さ十メートル、厚さ五十センチ程で壁の上からと壁に開けた穴越しに通路を通る敵を攻撃して撃退する。


 それから肝心の石壁。


 高さ二十メートル、厚さ二十メートルだ。


 壁の上には多数の石や岩が積まれており押し寄せる敵に対して石や岩を投げたり弓で射って迎撃する算段だった。


 向かって左側の壁の下方から右側の上方へ向かって斜めに階段が伸びていて石壁上への上り下りに使われていた。


 半円形の壁の内側には長屋のような形の家がへばりついており多数のオークが住んでいる。


 マリアたちは斜面を降りる前に想定した段取りを思い返した。


 バリケード台車の撤去に一人。


 隙間通路の壁の確保に一人。


 石壁上の敵の排除に一人。


 全体の防御に一人。


 合計四人だ。


 具体的には一番力のあるジョシカが通路にはめられたバリケード台車を引き戻して押し倒す。


 同時にヘルダが隙間通路の上に登って通路上の敵を蹴散らかす。


 一番身軽なルンが階段を駆け上って折り返し、石壁上の敵を蹴散らかす。


 マリアが、それらの動きの起点となる手前に位置取って全体に敵を近寄らせないようにする。


 マリアたちが騒ぎを起こしたら森の中に潜んでいる『半血ハーフ・ブラッド』本隊が即座意に連携して突撃を仕掛けて隙間通路を押し通る。


 その後は殲滅戦だ。


 作戦開始の合図はマリアの一閃。


 石壁に十分近づいた場所でマリアたちは一斉に行動に取り掛かった。


 マリアが兎肉を持つオークの首を撥ねた。

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