第34話 仲間外れ

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 ぼくは怒号と戦闘音を聞いて駆け付けた崖の上からオーク集落を見下ろした。


 手近な木から急斜面に沿ってオーク集落までロープが垂れていた。


 昨日の日中、様子を探りに来た際にはなかったものだ。


 夜間に誰かが結びつけたものに違いない。


 もちろんマリアたちだろう。


 まだ、戦闘が始まってそれほどの時間は立っていないようだ。


 というか、戦闘の音が聞こえたからこそ、ぼくは目を覚ましたとも言える。


 戦闘は百メートル近く前方の石壁周辺で行われていた。


 石壁の上。


 石壁の脇。


 石壁の手前だ。


 石壁と向かって左側の崖の隙間にある通路を巡ってマリアたちとオーク集団が争っていた。


 石壁の向こう側には『半血ハーフ・ブラッド』の旗が翻り武装した集団が押し寄せている。森に潜んでいたという本隊だろう。


 石壁の内側にへばりつくように建てられた長屋から寝ていただろうオークが武器を持って次々と飛び出してきては戦闘に加わっていく。


 既に隙間通路手前にあるバリケード台車は通路から引き抜かれて引き倒されていた。


 けれども低い壁からは、まだ、通路を塞ぐように壁面の穴からいくつも太い丸太や槍が突き出されていて外からの本隊の侵入を阻んでいる。


 台車こそ引き抜かれたものの低い壁を背に、これ以上、丸太や槍を抜かれて『半血ハーフ・ブラッド』本隊に侵入されないようオークたちが守っているという構図だった。


 低い壁の上にもオークはいて通路を侵入してこようとする外の兵や丸太や槍を抜こうとするジョシカとヘルダを攻撃している。


 さらに手前ではマリアが低い壁と壁を守るオークに向き合っているジョシカとヘルダの背を守るように取り囲むオークの群れを食い止めていた。


 だが、完全にマリアが食い止めきれているわけではなく、オークの内のいくらかには横合いからジョシカとヘルダにちょっかいを掛けられていたため、ジョシカとヘルダも完全に低い石壁方面だけを対処しているわけにはいかなかった。


 なので、丸太と槍を引き抜き、外の兵を呼び込むことまでは、まだできていない。


 一方、身軽なルンは一人離れて巨大な石壁の上で戦っていた。


 石壁の一番左側、マリアたちの上方に当たる場所で剣を振るい、オークたちが押し寄せる『半血ハーフ・ブラッド』本隊やマリアたちに対して直上から集積された岩を投げつけられないよう阻止していた。


 石壁の厚み、約二十メートルの幅一杯に寄せてくるオークの群れを、ルンは一人で防いでいるわけだ。


 オークたちをいくら切り伏せても階段を使い次から次へと別のオークが上がってきてしまうためキリがない。


 けれども、ルンが石壁上の現在のポジションを奪われるとオークによる投石が始まり攻め寄せる『半血ハーフ・ブラッド』本隊に甚大な被害が出るだろう。絶対に奪われるわけにはいかないのは明らかだ。


 幸い、階段を上るオークの大半は肩書付きではないただのオークであったため、剣を振るだけで簡単に相手をしとめ切れているのが、せめてもか。


 キリがないのはマリアたちを囲むオークの群れも同じだ。


 オークの数があまりにも多すぎて、直接マリアたちに対峙している以外のオークは後ろのほうでただ取り巻いているだけになっていた。


 だが、一人倒れても、すぐに次の誰かが前に出る準備ができているとも言えるためマリアたちもジリ貧だ。


 どうしてマリアたちが無事に石壁にまで至れたのかはわからないが、作戦としては恐らく戦闘開始と同時に隙間通路を奪取し即座に外から本隊を呼び込む手筈だったと思われる。相手の数にキリがないので時間を掛ければ掛けるだけ不利になるからだ。


 もしくは仮に時間がかかったとしても本隊を呼び込めさえすれば自分たちは死んでもいいという腹積もりか。


 恐らくは、その両方だ。


 運良く死なずに本隊を呼び込めればラッキー。


 最悪、命と引き換えになっても本隊だけは引き込む、という決死の覚悟だ。


 ぼくは、そんなマリアたちとオークの戦闘の様子を崖の上から遠目に確認した。


 ぼくがこの場に立っている事実にマリアたちは勿論オークの誰も気づいていない。


 集落のオークは皆、石壁での戦闘にばかり気を取られて崖の上を見あげる者はいなかった。


 さすがに昨夜、マリアが探索者カードを返してくれた意味は、ぼくにもわかる。


 今、目の前で行われているこの戦闘に、ぼくを参加させないためだ。


 わざわざ『朝、挨拶しようとは思わず、気にせず帰れ』なんて言った理由は、もし、ぼくが戦闘に気づいても関わらず無視しろという意味だろう。


 命を助けてもらった借りを返せたかというと、正直、全く返せてなんかない。


 ジョシカに話を聞いた限り、あの時オークジェネラルはぼく自身が倒していて、ジョシカはタイミング良く首を撥ねただけだそうだけれど、そのまま意識を失いっぱなしだったら、ぼくは死んでいたはずだ。


 だから、やっぱりジョシカは命の恩人だ。


 にもかかわらず、『半血ハーフ・ブラッド』と行動を共にしていた間に、ぼくがやったことと言えば、ただの食事当番。命の借りに見合っているとは、とても思えない。


「なんだよ、それ」


 ぼくが思わず出した声には自分で思っていた以上に怒りが乗っていた。


『それでは隊長の顔を見せてください。お互いの信頼関係が大切なのは探索者も傭兵も同じだと思います。仲間に対して顔を隠す相手に信頼もクソもありません』


 ぼくはマリアに顔を見せろと言った時から『半血ハーフ・ブラッド』に命を預けたんだ。


 死地には連れて行かずに、ぼくだけ仲間外れだなんてそんなのあるか。


 ぼくだけが勝手に仲間にしてもらえた気でいただけか。


 確かに、ぼくは実際の戦闘の場で役に立てるかはわからないけれどもランクが低いからといって臆病だったことはない


 少なくとも味方の誰かを見捨てて逃げたことはない。


 いつだってパーティーの一番前に立って誰かが相手を倒してくれるまで引き付け役を務めてきたんだ。


 出番がなかっただけで『半血ハーフ・ブラッド』でも囮としてその役を担ったつもりでいた。


 探索者カードを返してもらったから、ギルドに帰ってニャイを食事に誘います。


 そんなの今この場を離れてうまくいっても絶対に楽しいわけないじゃないか。


「ばかやろう」

 

 ぼくは鎖帷子のフードを目深に被った。

 

 幸い、どこからどう見ても、ぼくの装備はオーク仕様だ。


 下に降りて素知らぬ顔で駆け寄ってオークの群れの中に紛れ込んでしまえば誰も気づくまい。


 ぼくはマリアたちが残していっただろうロープを、ぎゅっと掴んだ。


 集落へ降りた。

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