第25話 長崖

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 ぼくたちは断崖絶壁の上からオーク集落を見下ろしていた。


 ぼくの住む王国と隣国の国境くにざかいになっている山岳地帯は、ほぼ中央部に数十キロに及ぶ直線的な断崖絶壁があり両国間で地面の高さが違っていた。


 国境線が、はっきりと目に見える珍しい例だ。


 普通は、大体、このあたりが両国間の国境という漠然としたお互いのイメージがあるだけで厳密にどことどこを結んでという線引きがあるわけではない。


 あの山向こうは他所の国、山からこっちは、うちの国といった程度の感覚だ。


 細かく言えば山の頂上と頂上を結んだ稜線がという話になるのかもしれないが、そのあたりは、あまり気にされてはいなかった。


 実際に人の住んでいる家がある場所と、その家の人たちが耕したり狩りや採集で行動する範囲までが、ある街や村の勢力圏だ。


 そういった街や村の勢力圏の集まりが、どこかの国だった。


 街や村の勢力圏の間の空白地帯は、まあ、どっちの街や村でもないが国の中と言えば国の中かなといった感じだ。


 だから、国と国の間に、どちらの国の影響も及ばない、どちらの国にも属していない土地が存在している状況は普通にあり得る。


 ここから先の人跡未踏の荒野のような土地は、うちの国とは関係ありません、という具合だ。


 そういった人間が住むには適さない土地にはオークやゴブリンのような魔人が住む場合も多かった。


 隣接する国としては、なおさら、うちの国とは関係ありません、だ。


 逆に複数の街や村からどちらも自分の影響範囲だと思われている場所があり、それぞれの街や村が別の国に属していた場合は国境争いが生じる場合もある。


 富んだ土地はどちらの国も欲しかった。


 もし、新たに誰かが開墾なり定住をしたどこの国にも属さない土地があれば、そこは新しい国だ。


 但し、普通はいきなりそうはならないで、その出身者の国、もしくは地続きの国の領土が広がったと考えられる。


 もし、その開墾者に他国からの干渉を突っぱねる力と意思があれば初めて新たな国となった。


 現在、ぼくたちがいる断崖絶壁は明確な国境線なので何処の国にも所属していない土地というわけではない。


 ぼくがいる崖の上は、ぼくが住んでいる国。


 オークの集落がある崖の下は隣の国だ。


 オークに住み着かれると被害が出るので国としては討伐をせざるを得ない。


 だから、隣国はオーク集落を殲滅したいと考え『半血ハーフ・ブラッド』にお鉢が回って来た。


 住み着く側のオークとしては人間の国境線など何の関係もないのだけれど。


 何でも大昔の大きな地震の際に地面が割れて王国側の土地が盛り上がり、隣国側の土地が沈み込むという地殻変動があったらしい。何百年も前だ。


 その盛り上がりと沈み込みの差分、ぼくたちの目の前の大きな段差、要するに断崖絶壁ができていた。


 隣国側からぼくの住む王国を臨むと断崖絶壁が聳え立って行く手が阻まれる形になっている。多分、五十メートルくらいの高低差だ。


 地震当時は、ぼくが住む王国も隣国も存在してはいなかった。


 だから、この場所が国境であるということもなかったけれども、物理的にお互いの行き来が難しくなったため、後に興った国々の間で、ここが国境という形に落ち着いた。


 隣国側から王国側への移動は垂直な崖を上らないといけないため不可能。


 逆に王国側から隣国側への移動も崖を下らないといけないため不可能だ。


 両国間を行き来しようという場合は大きく崖を左右どちらかに何十キロか回り込んで高低差が、あまりなくなる地点まで行かなくてはならない。


 同じ土地が二つに断ち切られただけなので断崖絶壁の上と下では植生は変わらない。


 どちらも針葉樹の森だ。


 地図には『長崖グレートクリフ』と、この場所について名前が記載されている。


 連続する崖を意味する直線が『長崖グレートクリフ』という文字の脇に引かれていた。


 実際の崖面も地図同様に、ほぼ直線かつ垂直だ。


 但し、一箇所だけ百メートル近い長さと厚みで崖が地滑りのような崩落を起こしている場所があった。


 その場所のみ、ほぼ垂直に近かった崖が急斜面となっている。


 崩落の中心部付近の急斜面に降雨時の浸食による流水の道筋らしき物ができていた。


 立ったまま歩いて降りることは不可能だが両手両足を地面につけて時間をかけ、慎重に足から一歩ずつ降りて行けば、ルートさえ間違わなければ下へ降りられるだろう。


 逆も同じだ。


 ぼくたちは崩落した崖の上の地面に四つん這いになって落ちないように崖の先に目から上だけ突き出すようにして崖の下を見下ろした。


 オークの集落は、その急斜面の下にあった。

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