第11話 本能

                11


 相手の相手の剣が長い分、踏み込まないとナイフの刃が届かない。


 超接近戦だが距離が近ければ近いほどナイフの間合いだった。


 近いと長い剣は取り回しずらくなる。


 ぼくは突いた。


 ジェネラルは立てた剣の根本付近でナイフをいなした。


 ぼくは突いた。


 やはり、ジェネラルは根本付近でナイフをいなす。


 ぼくに近づかれ過ぎているためジェネラルは剣の間合いを生かせない。


 動きが窮屈になっている。


 ロングソードを振り回すよりもナイフで突くほうが立ち回りは速い。


 ぼくは遮二無二、ナイフを突いた。


 突く。


 突く。


 突く。


 突く。


 ジェネラルは剣の根元で防戦一方だ。


 先刻までの、ぼくと立場が入れ替わったかのようだ。


 けれども、所詮ナイフなのでジェネラルの体にまでは届かない。


 傷つけられるのは、せいぜいジェネラルの腕だけだった。


 ジェネラルにとっては掠り傷だ。


 ぼくは、さらにさらに前に出た。


 もはや、お互いに手を伸ばせば掴める距離。


 突き。


 突き。


 突き。


 突き。


 からの、


 足っ!


 ぼくは飛び込むようにしてジェネラルの向かって左側に前転すると転がりながらジェネラルの右腿の後ろに斬りつけた。


 左側に飛び込んだのは、ぼくが右手でナイフを握っているからだ。


 右側に飛び込んだのではジェネラルの裏腿うらももを斬れない。


 ジェネラルの腿前面は腿当てに守られていたけれども裏腿は守られていなかった。


 腿当てを装着するための腿に巻かれたベルトがあるだけだ。


 ザクっとした肉を深く切る感触が、ぼくの右手に伝わってきた。


 やったっ!


 これで相手は走れなくなるはずだ。


 ぼくは転がった勢いを利用して素早く立ち上がるとジェネラルに向きなおった。


 それが失敗だった。


 本当は向きなおったりせず、そのまま相手に追いつかれないように走って距離を取るべきだった。


 ジェネラルは斬られていない左足を軸にして、ぼくの動きに合わせてその場で回転して向きを変えると、向きなおったぼくに対して斬られた右足で渾身の蹴りを放ってきた。


 ぼくは胸に直撃を喰らった。


 吹き飛ばされて、勢いのまま、ごろんごろんと何回転もした。


 マジか!


 オークジェネラルの闘争本能を甘く見ていた。


 一瞬でも、やった、なんて喜んだ自分は大間違いだ。


 まだ、何もやっていない!


 転がされたまま、ぼくはジェネラルの位置を確認した。


 ジェネラルは、ぼくの目前まで迫っていた。


 両腕で自分の剣を握り、ぼくめがけて大上段に振りかぶったところだ。


 嬲り殺しなんかではない、明らかにとどめの一撃だった。


 でも、ぼくにだって生存本能がある。


 まだ、死ねない。


「うぉぉぉぉおおおっ!」


 ぼくは立ち上がった。


 咄嗟に左手をナイフの柄頭に添えると、立ち上がり様、跳ねるように斜め下からジェネラルの心臓めがけて鎧ごと刺し貫く勢いでナイフを突いた。


 円を描くジェネラルの振り下ろしに対して直線のぼくの突き。


 ぼくのほうが早かった。


 ぼくはジェネラルの振り下ろしの内側に入り込んだ。


 そのまま全身でジェネラルにぶつかる。


 鎖帷子くさりかたびらは斬りには強いが突きには比較的弱い。


 力の載ったナイフの切っ先は、あっけなくジェネラルの鎖帷子を貫通した。


 うまく肋骨も逸れている。


 ナイフの刃は肋骨と肋骨の隙間を抜いてジェネラルの心臓に突き刺さった。


 刺したナイフ伝いに心臓からジェネラルの血が噴き出して、ぼくにかかった。


 そのまま、お互いに動かない。


 さながら、がっぷり四つ。


 ぼくは上目遣いにジェネラルの顔を見あげた。


 ジェネラルは牙のある口を、ぱっくりと開けて、かひゅ、かひゅ、かひゅ、と何度か息をした。


 その都度、口から血がこぼれた。


 ジェネラルは目をいた。


 振り下ろされたジェネラルの手の中から剣が抜け、ぼくの背後の地面に落ちた。


 ジェネラルの体から力が抜けた。


 ぼくにのしかかるジェネラルの体が途端に重くなる。


 やった。


 今度こそ本当に、やった、だった。


 そう思った瞬間、誰かがジェネラルの首を背後から切断した。


 ジェネラルの首が飛んだ。


 ノルマル遅いよ。


 と、ぼくは思った。


 あれ?


 ノルマルが、ここにいるわけがない。


 それともスレイスたちが呼んできてくれたのか?


 ジェネラル越しに見たジェネラルの背後の誰かはノルマルよりもスレイスよりも何ならジェネラルよりも、もっと大きかった。


 誰なのかわからない。


 右目だけじゃなく左目にも血が流れ込んできて目をうまく開けていられなかった。


 ジェネラルの返り血だ。


 誰かはわからないがジェネラルを斬ってくれたのだから味方が来たのだろう。


 それより、ぼくはもう立っていられなかった。


 疲れと安心が、ぼくに一気に押し寄せた。


 そのまま倒れ込んでくるジェネラルの体に押し潰されるようにして、ぼくは崩れた。

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