第10話 ナイフ
10
オークジェネラルは、ぼくの剣を折った足を、すかさず蹴り上げた。
顔を蹴られて、ぼくは背後の地面に転がった。
すぐには立てない。
ぼくは大の字になって、はあはあと荒く息をした。
今、攻撃されたら終わりだ。
口の中が、ぐちゃりと切れていた。
血の味と匂いが口いっぱいに広がった。
何とか立ち上がる。
ぼくは赤い唾を吐いた。
両方の鼻の穴から鼻血が、だらりと垂れている。
それでも、ぼくは固く握ったままだった剣の柄をジェネラルに向けて構えた。
腕が軽い。
そりゃそうだ。クソ重かった剣の先っぽがないんだもの。
オークジェネラルが柄だけを握って構えている、ぼくの
馬鹿みたいに見えるんだろう。
ぼくもそう思う。
ぴかぴかの剣身は折れてもぴかぴかのままジェネラルの足元に転がっていた。
もう何の役にも立たない。
肌身離さず持っていたとしても、もう、ぼくの身を守ってくれない。
地面に転がるぴかぴかの折れた刃の姿が、ぼくの意識を急速に覚ました。
まるで百年の恋から
ついさっきまで一瞬たりとも手放したくなかったぴかぴかの剣が折れた途端に何の価値もない物になり下がっていた。
もう全然、
「あ、あ、あ」
何だかわからない興奮した気持ちで、ぼくは声を上げた。
圧倒的な解放感が、ぼくの体中を走り抜けていた。
自分で自分がハイになっていることがわかる。
けれどもハイなのは心だけで体はぼろぼろだ。
ぼくは剣の柄をオークジェネラルに向かって投げつけた。
ジェネラルは剣を振るって、ぼくが投げつけた剣の柄を叩き落とした。
その隙に、ぼくは素早く腰の後ろに手を回してナイフを抜いた。
ジェネラルに流された自分の血で手がぐっしょりと濡れてしまっているので滑って落とさないように、しっかりと握る。
主に罠で捕らえた獣や魔物のとどめ刺し用に使っていた予備の武器だ。
刃の長さが二十センチちょっとある。
それだけあれば獲物の胸に対して垂直ではなく少し斜めに刺さったとしても心臓まで届く。
心臓に垂直に刺そうとすると大抵は肋骨が邪魔になるのだ。
だから、垂直にではなく少し斜めに肋骨の隙間を刺す必要がある。
もちろん、オークジェネラルの心臓に対しても長さは十分だ。
ただし、相手が動かずにしかも剣を持っていない場合に限る。
本来、ナイフは剣相手に渡り合おうとする武器ではなかった。
刃渡り比べならオークジェネラルの刃は、ぼくのナイフの四、五倍は優にあるだろう。
幸いなことにナイフは信じられないくらい軽かった。
今まで使っていた、ぴかぴかのロングソードと比べると、まるで羽毛だ。
ぼくの身が軽い。
けれども、息は荒かった。
両方の鼻の穴が鼻血で塞がっているため、はあはあと口呼吸だ。
蹴られた顔も痛い。
多分、目の上が切れていた。
右目に血が流れ込んできて片目しか開けていられない。
両腕は、もちろん細かい切り傷だらけだ。
ジェネラルは、そんな満身創痍のぼくに舌なめずりだ。
嬲り殺しにしたくてたまらない気持ちが駄々洩れだった。
蹴られて吹っ飛んだぼくが、わざわざ立ち上がるのを待っている程度には変態だ。
でもまだ、身軽になった、ぼくの足は動く。
幸い足は斬られていない。
ハイの効果なのだろう。
さっきまであった剣を持ち上げられないほどの腕の疲れは感じなかった。
ジェネラルが完全にぼくを見くびった動きで安易に突いてきた。
ぼくは素早く身を躱すと一歩踏み込み突いてきたジェネラルの二の腕に沿わせてナイフで斬った。
浅くだが、ナイフの先端がジェネラルの二の腕に縦に一本、傷を作った。
手首の動脈を斬れれば良かったが
このまま
咄嗟の判断で、ぼくは、さらに一歩踏み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます