or Lie?

2023.5.18

 綿貫真は、もう嘘をつかない。違う、それも嘘か。正しくいうと、綿貫蕾は、もう嘘をつかない。ほんとは、蕾って名前をここに書くのもいやだけど、嘘をつき続けるのはもう限界。蕾って書いて「らい」なんて読ませるキラキラネームは嫌いだし、もうこの名前は捨てたつもりだったけど。

 ほんとにごめんね。あなたへのごめんねを伝えたいのに、直接言う勇気はないし、でもこの日記もやっぱり読まないでほしい。だって、あなたが知るには辛すぎる。一か月後にはわたしのことすっごく嫌いになってると思うし。

 記念日のデートはすごくゆううつ。わたしはあなたと一緒にいちゃいけないんだって、いやでも思い出さなきゃいけないから。今日もあなたに嘘を教えちゃった。強く抱きしめて、強く願っても、このおまじないは一か月しかもたない。わたしのこと好きにならせて、ごめんなさい。ずっと嘘の関係を続けて、ごめんなさい。

 だからもう終わりにするね。一年間ありがとう。ばいばい。


 最後のページを捲れば、真が死を選んだ理由が分かると思っていた。だから、わざと裏表紙から開いた。そんな僕の期待を裏切るように、理解のできない文章が記されている。これは真の日記のはずなのに、この癖のある字は確かに真のものなのに、綿貫蕾わたぬきらいという聞いたことのない名前が一行目に記されている。どうして僕への謝罪の言葉で溢れているのかも分からない。

 真は日記を毎日つけていたわけではないらしい。飛びとびの日付を遡っていくと、馴染みのあるカフェの名前を見つけて、僕は手を止めた。


2023.4.1

 エス・ナイグラムで、おまじないがパワーアップしてないかなって試してみた。すぐに解けてもいいから、あの人の手にやさしく触れて、小さな声で唱えた。あの人はやっぱりコーヒーは苦いって言った。気持ちは嘘にできるのに、味はやっぱり嘘にならないみたい。


 大学のカフェ『S. nigrum』でデートした日の日記だ。とは、きっと僕のことだろう。確かにエイプリルフールのあの日、僕は真に勧められてコーヒーを飲み、苦いと言った気がする。だけど、おまじないをかけられた覚えなんてない。もっと前の日記を読んだ方がいいのかもしれない。


2022.5.18

 絶対しないって決めてたのに、おまじないをかけちゃった。図書館で居眠りしてたあの人に。わたしは綿貫真。わたしに姉妹はいない。あの人はわたしに一目ぼれした。このみっつ。寝てるときのおまじないは効果がうすいから、また寝てるのを見たらかけ直さなくちゃ。これは一生ひみつにして、この日記だけに書いとく。


2022.4.11

 月曜日からうれしいことがあった! 大学の図書館で偶然あの人を見かけた。少し大人っぽくなってたけど、わたしはすぐに気づいちゃった。だってあんなに好きだったんだもん。分かるにきまってる。初めましてのフリをして、となりいいですかって話しかけた。メイクしてたおかげなのかな、あの人わたしのこと全然覚えてなかった。そりゃそっか。中学の時にちょっと付き合ってた近所の女の子のお姉ちゃんなんて、ふつう覚えてないよね。お葬式でも会ったんだけどな。でも逆に、ちょっとだけチャンスだと思っちゃった。これって運命? でもだめ、もうおまじないはしないって決めたもんなー。


2018.8.27

 もうぜったいだれかを不幸にするおまじないはかけない。まちがえてかけちゃわないように、夏休みのあいだ研究したこと、忘れないように書いとく。ぜーーーったい悪用しないこと!

・相手の体のどこかにさわって、うそを言うとおまじないができる。

・強くさわったり、さわる面積を増やしたり、おまじないをかけるぞって気持ちがつよいと、長く効果が続く。←短いときは2~3分、長くて1か月!

・効果=わたしと相手が共通して認識してることを、うそにできる。ほんとは青信号で渡らなきゃいけないルールなのに、赤信号で渡るってカン違いさせる、みたいな。

・ほんとの事実を変えれるわけじゃない。死んだ犬を最初からいなかったと思わせることはできるけど、犬が生き返るわけじゃない。

・感じることも変えれない。お湯を冷たいと思わせることはできるけど、お湯にさわったらあついってばれちゃう。

・感情もうそにできる。わたしにずっといじわるしてた先生が、えこひいきしてきてウザいくらいに。←相手にうそを復唱させた方が効果が高い

↑↑ぜったいもうおまじないはかけちゃだめ!!


2017.12.23

 真に、おまじないをかけちゃった。わたしが先に好きになったあの人と付き合いはじめてたのは知ってた。でも文句は言わなかった。わたしはお姉ちゃんだから。なのに、明日はクリスマスデートなのってわざとらしく言うから、ちょっとおどかそうって思っただけ。だって、少し生まれたのがはやいってだけで、いつもがまんしてきた。わたしたちは双子なのに全然似てなくて、真の目はくりくりで、スタイルはちょーいい。わたしは太ってるし、目もはれぼったい。そんなかわいい顔があるだけでもじゅーぶんなのに、お気に入りだったおもちゃも、わたしが習いたかったピアノも、わたしが好きだったあの人も、ぜんぶ真にとられる。そんなの不公平じゃん。わたしだって、あの人に、らいちゃん好きだよって言われてみたい。

 小さいときから、わたしがだれかの体をさわりながら、うそを言うと、みんなが信じちゃうことは気づいてた。きっとこれはあぶないって思ってたから、うそのおまじないはかけないって決めてたのに。

 でも、明日のデートにうかれてる真がウザかった。だから信号が変わるのを待ってる真の肩を、ねえってたたいて。それで、信号は赤で渡るんだよっておまじないをかけちゃった。だって、まさか車にひかれるなんて思わなかった。らい、助けて。らい、痛いよ。真の声が今も聞こえる気がする。こわい。わたしは悪くない。わたしは悪くない。わたしは悪くない。わたしは悪くない。

 でも、このまま真が死んじゃったらどうしよう。病院のベッドで、目をあけなかったら、どうしよう。


 それが、日記のいちばん最初のページだった。それまでの丁寧な字と打って変わって、殴り書きされた字が並んでいる。この日記を書いていたのは真のはずで、真は一人っ子のはずだ。双子なんかじゃない。じゃあ、このは誰なんだ。僕の大好きなは、誰なんだ。頭が割れるように痛んだ。

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Her Antinomy 津川肇 @suskhs

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