第2話 棄てるくせに

 止まない雨はないとか、明けない夜はないとか、大人は子どもが暗闇にいるのを許さないかのように明るい言葉を使う。暗闇から引き摺り出してもどうせ、この気持ちは拾ってくれなくて、いつだって私を棄てるくせに無責任だ。だなんて叫んだところで誰も私の存在に気づかない。だから、今日もいつものように過ごすつもりだった。

 頭痛に起こされ、それでも起き上がれない朝がつらい。いっそのこと永遠に夜ならば少しは気が楽なのだろうか。

 眠たい目を擦りながらスマホを開くと通知が来ていた。推しのグッズの販売を知らせるものだった。「行かなきゃ」掠れる声で発した自分の言葉は誰も止めない。今日は休日だ。

 家を出てすぐに傘を差した。今日は1日雨が降るらしい。私は雨の匂いが好きで毎日雨ならと願うほどだ。雨の日は匂いだけじゃなくて、眩しすぎて目を細める必要のない空、葉から溢れ落ちる雫、沈黙を掻き消すやさしい音、周りを映す水溜まりが好きで、傘に当たる雨音に昔からずっと心弾ませていた。唯一の苦手なところは視界が狭く感じるところだ。長く伸ばした前髪が濡れて私の世界を狭くする。周りの目を気にしなくて済むのは良いことだが、見たいものが隠れてしまうのだ。いつも触れ合う野良猫も少し見上げれば見えるはずの桜の木も私が隠してしまう。でも、何事にもメリットとデメリットは出てくるものだから割り切るしかない。晴れがあるから雨の日が好きになれたんだ。そんなことを考えながら水溜りを眺めると雲が一面に広がる空が映し出されていて綺麗だなと感じる。目的地に着くまでに少し気持ちを落ち着かすことができて早くも満足しはじめていた。朝は憂鬱だ。だが、憂鬱だからこそ満たされる可能性があると信じていたい。

 まだ中学に入ったばかりでバイトなどできない年齢の私は親からのお小遣いでグッズも買わせてもらっているのだが、高価なため買える量が限られていてよく吟味しなければならない。ようやく決めることのできたグッズを持って店から出るときは来た道を帰っているとは思えないほど心が浮き立つ。そう。雨などが関係なく視界が狭くなるほどに。

 危ないって声が聞こえたときにはもう遅くて、歩道橋の階段を踏み外し、落ちようとしていた。そんなとき、バランスを崩すであろう身体は何者かに支えられ、宙を舞うことはなかった。何が起きたのか考えているとやけにうるさい声が聞こえてきた。「お前は危なっかしいな。俺様だって暇じゃないんだぜ。」暇な奴が言う台詞に失笑しつつ、この状況を理解しはじめていた。またこいつに助けられたのだ。何か言わないと、と焦りつつ出した私の言葉は間違えていたと思う。「今回は助かった。ありがとうございます。ただ、貴方、本当に誰なんですか。」

 こいつに興味を持つべきではなかった。今、私の人生の歯車が動き出す。

 「俺様は死神だ。前はお前があまりにも逃げるから自己紹介が遅れてしまったな。すまない。ひとつ言っておくが、お前の命を獲りに来たのではない。お前の命は今獲られるべきではないからお前を守るために来たんだ。よろしくな。できる限りお前を守るから。」そんなことを平然と喋る奴のことを私はおかしいことに面白いと感じてしまった。そう考えるべきではないのに。こいつもどうせ私のことを棄ててしまうのだろう。

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私は世界に抗っていたい 影宮紅麻 @benima_mikan

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