そして最後まで、行く

 それから――――救急車を呼んだ大吾によって、宗吉は近くの救急病院へと運ばれ、しばらく入院という形になった。ひだまりに関しては宗吉が入院した事、もとい詳細は表では強盗同士の内輪揉めの後、殺人が起きた、という形で警察は処理したが射殺された半グレ組員は兎も角、鼠の死体に関しては何らかの組織に引き取られ、不問とされている。マスコミさえもその正体に触れようとしないほどに。事件も事件だし、宗吉もいつ帰ってくるかもわからないため、今は無期限の休止となっている。


 香菜に関して。パトロール中の警察官が駅一つ先の公園の遊具で遊んでいる所を見つけ、無傷の状態で保護された。香菜自身によると、変なお兄ちゃんにお菓子をあげるからおいで、と言われてついていって、気づいたらそこにいたらしい。特に乱暴などもされていないが、その人物に関しては細かい事も覚えてない、と言った。


 ボストンバッグの中身について、警察の調べによると人間の頭部が三つ入っていたという。いずれも関東圏で幅を利かす暴力団、森友組・長瀬組・新藤組の組長の頭部で、どんな手段を使ったのかは不明だが、切断面から察するに非常に鋭利な凶器で首を斬られていた様だ。この三人について関連性については不明だが、内部抗争の線で現在も捜査されている。


 大吾とほのかについて、ほのかは事件からしばらくはショックで打ちひしがれていたが日が経つにつれ徐々に回復してきて、大吾の支えもあり日常生活に戻ってきている。大吾もいまだに……いまだに、あの夜の事を思い出し時折飛び起きる事もあるが、ひだまりが目処の立たない営業休止中故、料理の腕前を生かし他のレストランでのバイトに精を出している。


「だーいご、お疲れ」


 終業し、帰ろうとする大吾に大学帰りのほのかが声を掛けてきた。手元に温かい飲み物を持ち、大吾に差し出しつつ。


「ありがとな。今終わったのか」

「うん。……ねぇ、ちょっと歩こうか」

「おう」


 二人は歩きながら、お互いの身上を話し合う。色々な話題で談笑しながら、ほのかはふっと、迷いつつもやはりこの事を話さないと、と小さく決意して、切り出す。


「……大吾、その……あの」

「宗吉さんの事、だろ」


 先に察されて、ほのかは軽く驚いた表情を浮かべる。


「ほのかは分かりやすいんだよ。何でも顔に出る」

「もー馬鹿にしてるそれ? ……会いに行ったの? 病院」


 大吾はほのかの質問に首を横に振る。ふと立ち止まり、フェンス越しに街を眺めながら。


「今は……俺、まだちゃんと話せる気がしないんだ。あの人と」


 ほのかは何か、励ましたり慰めようという言葉を言おうとするが、どこか遠くを見つめる様な大吾の姿にその言葉を飲み込んだ。


「そっか……」

「俺の……俺の中でさ、やっぱりあの人は宗吉さんのままなんだよ。どんな……どんな過去があっても」


 そう言って、大吾はフェンスからほのかの方へと振り向く。その時の顔つきは意外にも、明るい顔つきをしている。そうして、大吾はズボンのポケットから何かを取り出した。ほのかが何それ? と尋ねると、大吾は答える。


「これさ、ほのかが好きな人参と鶏肉を使った……」

「あぁ、あの……大吾が俺が考えたって言ってたけど、問い詰めたら本当は宗吉さんが考えたのを白状した奴だよね」

「変な事覚えてるな……」


 そう言って二人は笑い声を漏らす。漏らして、大吾はほのかに、言う。


「もし……もしさ」



 病院内。看護師が集中治療室から経過を見て一般床へと移された宗吉の様子を伺うために病室へと入る。同室の患者がその時、看護師を見かけて。


「宗吉さんかい? なんか外に用事があるって出たけんど」

「えっ……そんな話聞いてないけど……」



 とある県の、著名な資産家や政治家、芸能人が秘かに住居地域として愛好している某所山奥。足を運ぶには一部の人間でしか知らないルートでしか行けない、加えてある程度のランクの自動車でないと入れないとさえ言われるその地区にその日本家屋はある。


「それでは見張りを交代します」

「うむ、ご苦労」


 障子越しにSPからの報告を聞き、その男――――権藤一文は返答しつつ寝床に入る準備をする。この男は親子二代に渡ってこの国で最も権力のある党の議員であり、どんな政権であろうと常に優位に立ち続ける、そんな手腕の持ち主だ。その裏側にどんな暗部が潜んでいるかを、探ろうとする者は「事故」に遭う。マスコミも、権藤の事に関しては多少突っ込んだりしてもすぐに有耶無耶になる。それほどの男だ。


「……おい、報告は済んだだろ。寝れんから下がれ」


 障子越しにまだ見える影に権藤は苦言する。だが、その影は去ろうとしない。どころか、障子の戸に手をかけてあまつさえ権藤の許可さえも取らずに部屋へと入ろうとする。


「貴様、いい加減に」


 怒鳴ろうとした、瞬間。権藤はずけずけと入ってきた、その男の顔を見、一寸呼吸が乱れる。その男――――自分に向かって拳銃を無言で突き付けながら、近くへと歩いてくるその男の顔を、知っているからだ。


「……生きてたのか、お前」


 かつて、権藤の父親が教育と称して折檻していた、その男の顔を権藤は知っている。お前の花壇に仲間の死体を植えろ、よく育つだろうと笑う父親を、泣きじゃくりながら睨んでいた、その男の顔を。


「鼠の奴、お前にだけには手を出すなと伝えたはずなんだがな……。畜生が、余計な真似を」


 男……紫陽花は、何も言わずに銃口を向け続ける。権藤は生欠伸をすると、そんな脅しにもなんら表情をも変えず、布団の上で胡坐をかきながら紫陽花へと話し続ける。


「お前も俺の親父に可愛がられただろ、それをあれだけ仇で返しておいてよく殺されなかったな。まぁ、俺はお前に恨みはないから別にどうでもいいが……」


 紫陽花は何も言わない。権藤はそんな紫陽花に気持ち悪い奴だな、と呟きながらも紫陽花を見据えて、言い放つ。


「どこもかしこも人手不足人手不足でな、丁度鼠のポストが空いたんだ。どうだ? 言い値で雇ってや」


 吹き出す鮮血が、脳髄が布団へと散らばる。紫陽花は権藤の額に風穴を開けてからも、その死体の上へと跨がって引き金を引き続ける。やがて、予備も含めて全ての弾を吐き出した為にスライドが後退し、銃口から煙が浮かぶ。無惨な穴塗れとなった権藤の死体に、紫陽花はポツリと呟く。



「これで腕の借りは返したぞ、鼠」


 その時、紫陽花は背後に気配を感じる。恐らく――――子供の。



「もしもまた、宗吉さんがひだまり再開するならさ」



 紫陽花は弾切れした拳銃を、鼠から受け着いた拳銃を強く握り、そして、振り向く。



「俺、今度は宗吉さんに御馳走するんだ。俺自身のレシピで」



 銃声が一つ、家屋内に響いた。



<完>


 

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最期の晩には温すぎる @kajiwara

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