私にメイドは似合わない
月井 忠
第1話
私は再びこの洋館を訪れた。
今回はメイドとして。
とある芸術家のアトリエ兼自宅だった洋館は、芸術家が亡くなった後、宿泊可能な屋敷として密かに人気がある。
一週間前、私は美咲と二人で客としてこの洋館に宿泊した。
朝を迎え、私は警察に通報することになった。
「美咲がいなくなった」と。
色々と事情を聞かれた。
前日にちょっと喧嘩はしたけど、それだけだった。
他に心当たりはない。
美咲の行方は今でも分かっていない。
そもそも捜査をしている様子がない。
事件性がないと判断されたみたいだ。
人探しは警察の仕事じゃないということかもしれない。
だからといって、じっとしているわけにはいかない。
この洋館でメイド兼清掃員の募集があったのを見て、私はすぐに応募した。
一週間が経った。
仕事内容は覚えることが多くて、未だに失敗が絶えない。
特に着慣れないメイド服には手を焼いている。
先輩スタッフは優しく教えてくれるけど、恥ずかしさもあってか難しい。
それでも暇な時間を見つけては美咲の手がかりを探した。
大広間を通りかかったとき、壁にかかった絵画を眺める青年がいた。
屋敷には前の持主だった芸術家が残していった絵画や彫刻が所狭しと飾られている。
お客様の目当ては、美しい洋館と芸術品だった。
「お気に召しましたか」
普段なら素通りするのに、なぜか声をかけたくなった。
「はい……いい絵ですね」
振り返った青年は、私より背が高くキリッとした目が印象的だった。
「僕は橘翔太郎と言います。しばらく、こちらでお世話になります」
彼は振り返り、頭を下げる。
私の心臓は一瞬鼓動を止めた。
気持ちを隠すように努めて冷静な声で答える。
「私は石黒千尋です。何か御用があるときは、気兼ねなくお申し付けください」
彼と同じように礼で返す。
これってもしかして、と思った。
それから、何度か彼と会話を交わすことがあった。
朗らかに笑い、明るい印象が身体を覆い、こちらまで照らされているようだった。
明日また会えたら、そんなことを思いながら眠りにつく日々だった。
でも、今日はベッドに入っても目が冴えたまま。
無理に寝ようとするより、先に雑用を済ませてしまおう。
そう思って部屋を出た。
夜の洋館は月明かりと、僅かな照明で照らされている。
お客様が夜に出歩くこともあるので、完全に照明を落とすことはできないけど雰囲気を楽しんでもらうために極力少なくしているらしい。
私は従業員しか知らない奥まった部屋に向かう。
扉の鍵を開け、中に入ると、部屋の奥には本棚があった。
外からは見えないけど本棚の下には滑車があるみたいで、容易に動かすことができる。
芸術家は屋敷に奇妙な仕掛けをいくつも残していた。
未だ発見されていない、隠し通路や隠し部屋があるらしい。
美咲と宿泊したときも、芸術品を楽しむついでに隠し部屋を見つけようとした。
本棚の向こうの壁にはぽっかり穴が開いていて、トンネルのようになっている。
持ってきた懐中電灯の明かりを点けて中に入ると、すぐに振り向き、本棚を戻して入り口を閉めた。
レンガ造りの壁に手を当て、ゆっくり進むと小さな部屋に行き着く。
通路とは打って変わって、床はむき出しの土だった。
美咲と一緒に宿泊したときに見つけた秘密の部屋だ。
私は懐中電灯を地面に置き、壁に立てかけてあるスコップを手にする。
すでに掘られた穴を更に深くした。
すぐそばの壁には翔太郎くんが座っている。
冷たく固まっていた。
私は悪い女だと思う。
翔太郎くんへの恋が私を変えてくれるかと思ったけど、やっぱり自分が大事だった。
美咲とこの洋館に泊まったとき、些細なことで喧嘩をした。
ほんのはずみだったと思う。
階段の手前で美咲を押した。
彼女は頭から階段を落ちていった。
階下の美咲は息をしていなかった。
私は彼女を引きずりながら隠し部屋まで運んだ。
恐ろしく大変だったことを覚えている。
地面に放置するのも気が引けて私は彼女を埋めた。
それからは彼女が見つからないかとハラハラしっぱなしだった。
仕方なく彼女の死体を見張るため、残った痕跡を消すため、メイド兼清掃員として屋敷に住むことにした。
それから橘翔太郎くんがやってきた。
美咲の名字も橘だ。
翔太郎という弟がいると美咲から聞いていた。
初めから許されない恋だった。
翔太郎くんは姉の消息を追うために、この洋館に長期宿泊をすると言っていた。
いつか彼は彼女を見つけてしまう。
結局、恋心より保身が勝った。
美咲の時は運ぶのが大変だったから、翔太郎くんをここまで誘い、毒を飲ませた。
十分な深さが掘れたので彼を引きずり、穴に落とす。
スコップで土をすくい、彼の上に振りかける。
彼女もすぐ隣に埋まっている。
この部屋を知っている人物は他にいるだろうか。
死体が埋まっていると気づくだろうか。
警察だって馬鹿じゃない。
姉弟が同じ洋館で失踪したと知れば、いずれ真相に行き着く。
しばらく私はここで働くことになるだろう。
早くメイド服に慣れないとなあ。
私にメイドは似合わない 月井 忠 @TKTDS
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます