終章

file. ?? ある研究者による雑記

『▲月●日

 私はどうしてしまったのだろう。亡くなった恋人に会いたくて、友人の反対を押し切ってまで彼の性格と知識を反映させたアンドロイドを作ったのに。失敗作とも言えるゼロ式・・・カナのことを特別視してしまっている。

カナは出会った頃の叶恵に似てるとも言えるし、かと思えば性格は全然違う。叶恵は物事をなんでもきっちりと決めるタイプだったけれど、カナはもっとぼんやりとしている。そのことが最近は少し心地がいい。


私はカナが私を好きになるように、敢えて叶恵との想い出は話さなかった。2人で街に出てスーツを見繕ったり、ケーキを食べたり、彼とはしなかった恋人らしいデートをカナとした。してしまった。これは浮気に入るのだろうか?』


『✖️月▲日

 叶恵がもう帰ってこない事を私は知っている。何百体のアンドロイドを作っても、世界一の特殊メイクアーティストの技術を持ってしても、死んだ人間はもう戻らない。ならば、新しい恋を始めてもいいだろうか。きっと、叶恵はそんなこと許してくれないだろうな。束縛の強い人だったから。


カナは毎日私の部屋で読書をしている。読んでいる本は文学が多い。元々は理系の本しか読まない人だったのに。いや、それは人間の方の叶恵の話だったか。私が編み物をする側で、静かにページを捲る。アンドロイドから呼吸音はしない。パラ、パラ。時折、小説の一節を聞かせてくれる。この時間が何よりも尊い。』


『■月●日

 カナが私に初めてプレゼントをくれた。私の髪を優しく結ってくれた。その無機質な手に惚れているなんて知ったら、カナはどう思うんだろう。浜辺の散歩に誘ったのは、貴方と完全に2人きりになりたかったなんて知ったら、幻滅するかな。機械の心に幻滅ってあるのかな。ああ、大好きよ、私のカナ。


いっそのこと、私の心臓にチップを埋め込んで、脈拍が止まる時カナの機能も停止する細工ができたらいいのに。そしたら世界中の恋人たちが幸せになれる偉大な研究になるのに。人とアンドロイド。生と死。愛の形にはどんな意味があるんだろう?カナは、どう思っているんだろう。』


黒いカバーに包まれた手帳が、窓から吹く風に煽られてパラパラと捲れた。

白い女性の手がそれをパタリと閉じて、ゴムバンドで手帳を閉じる。右手の薬指にはシルバーの指輪が付けられていた。


「穂さん、準備は出来ましたか?」

「ええ、あと5分だけ待って。」

「大きな荷物があれば手伝いますよ」

「ありがとう、神那。でも大丈夫、たったの2泊3日の旅行なんだから」

「でも、穂さんは起きたばかりで・・・」

「それ、あと何ヶ月言うつもり?」


呼びかける黒髪の男にも揃いの指輪が嵌められていた。どうやら2人で部屋を数日空けるらしい。窓を閉めて、旅行鞄を持つ。神那と呼ばれた男性は彼女の頭にそっと麦わら帽子を置いた。もうすぐ夏が始まる。

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冷たいゆりかご 亞辺マリア @avemariasf

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