最終話 主人公勝手過ぎ…
ヒロインズと主人公の運命が決まる日がやってきていた。
その日、風破君美は仲間たちに連絡を取っていた。
「任務は?」
そのグループメッセージに全員がサムズアップの絵文字で返事をした。
それで安心したのは普段の風破君美だったらありえないだろう。
だがしかし、愛おしい恋人と永遠にふたりきりで暮らせる生活が目の前にやってきていて気が緩んでいたのだろう。
確かな証拠の提示も求めることなく仲間の絵文字を信じ切ると浮かれた気分で帰宅する。
家の中には相変わらず愛おしい恋人がいて安堵する。
彼はソファに腰掛けてテレビの向こうの世界に没頭していた。
「あ…おかえり。キミちゃん」
屈託の無い無邪気な笑顔を私に向けてくる彼が余計に愛おしく感じる。
「ただいま♡いい子にしてた?」
彼はそれに頷くと私の目を見つめていた。
それに応えるようにキスをすると着替えのために自室に向かった。
と、そこで突然の停電が起きる。
(復旧に20秒だっけ…)
この場でそう思っているのは風破君美だけだった。
鏡流は単純にこのマンションの構造を知らない。
今もリビングで右往左往している可能性はあった。
玄関のドアがガンッと開かれると一斉に人がなだれ込んでくる。
「動くな。手荒な真似はしない。こっちは訓練された警護班で来ている。犯罪者だろうと積極的に女性を傷つけたいとは思わない。大人しく投降しろ」
「何を言って…」
「リビングの男性を監禁しているだろ?」
「そんな…違う…監禁じゃない!」
「それは署で聞かせてもらう。連行しろ」
素早い動きであっけなく連れ去られていく風破君美を後ろから眺めていた鏡流は驚くことにそこで口を開く。
「僕は監禁されていたわけじゃないですよ。自分の意志でここに居たんです」
「何もかも署で聞かせてもらう。何の罪もなければすぐに解放する」
「何で…こんな事になったんですか?」
「証拠はなにもないがリークのようなものがあった。加えて信用できる筋からも要請があったため強引な手段を取らせてもらった。とにかく署に連行しろ」
それを合図に鏡流も警察に取り押さえられてパトカーに乗せられた。
そのまま二人は別々な場所で取り調べを受けることになる。
だがどちらも被害者でもなければ加害者でもない。
その結論が出ると二人は解放される。
先に解放された鏡流のもとに訪れたのは九条栞だった。
「鏡くん。心配したよ」
「課長…何でここに?」
「うん。警察署を出たら話すから。まずは付いてきて」
「でも…キミちゃんが…」
鏡流の懇願するような言葉に九条栞は厳しい態度を見せた。
「いつまで甘えているんですか!本来の自分を取り戻しなさい!」
その厳しくも力強い言葉に気圧された鏡流はトボトボと九条栞の後を追う。
駐車場の車に乗り込んだ二人はそのまま話を始めた。
「恋人さんのお仲間からこんなメッセージが届いたんです。ここ見てください。仲間が犯罪に手を染めるのは…この文章です。お仲間も悪事を働こうとしていた彼女を助けてあげたかっただけなんですよ。でも自分たちではどうにも出来ない。だから私達に頼った。結果的に二人共無事でお咎めなしです。結果オーライじゃないですか」
「キミちゃんは無事なんですか?」
「いい加減に…!」
九条栞の怒号が響く寸前に鏡流は掌を前に出した。
「そうじゃなくて。一応今までのお礼は言っておきたくて…散々甘えてしまったのでせめてもの感謝の言葉は伝えたいです」
「会わないほうが良いんじゃないですか?何をされるかわかりませんよ?」
「でも人として感謝を忘れたら終わりです」
「そうですね…では警察官がいる前で話してください。絶対に安全な場所で」
それに頷いた鏡流は一度車外に出る。
そのまま警察署の方に歩を進めた所で偶然出てきた風破君美と鉢合わせる。
「キミちゃん。今までありがとう。散々お世話になりました。でも僕が居るとキミちゃんはまた悪事を働こうと暗躍するんでしょ?キミちゃんが犯罪者になるのは僕も望んでない。そんな未来は嫌だから僕はここから去るよ。何処か遠くの地でキミちゃんとは関係なくひっそりと暮らす」
「迎えに来た女と暮らすんでしょ?」
風破君美の言葉に鏡流は首を左右に振って応える。
「この街で出会った女性とはもう関わらない。僕も自分のダメな性格を思い知ったし…上手に他人と関わるにはまだ時間がかかりそうだよ。このまま平気な顔をして当たり前のように過ごすことは出来ない」
「そう。それで何処に行こうっていうの?私がまたストーキングするとは思わない?」
「思わない。って言ったら嘘になるけど。キミちゃんはきっとそのうち僕以外の誰かを好きになる」
「何でそう言い切れるの?」
「僕みたいに他人を助ける人はこの世にいくらでも存在する。それを偶然見かける可能性は低くない。それにキミちゃんならすぐにそういう人と出くわすような気がするんだ」
鏡流は最後に風破君美に笑顔を向けて右手を差し出した。
「別れの挨拶だよ。今までありがとう」
「すぐに見つけるから」
二人は握手を交わすと別々の道へと向けて歩き出す。
駐車場でその光景を見ていた九条栞は警察署の敷地から出て行こうとする鏡流の後を追った。
「ちょっと!鏡くん!?車乗って!」
「助けてくれてありがとうございました。でもここで車に乗ったらまた同じことの繰り返しだと思うので…ごめんなさい」
鏡流は謝罪の言葉を口にすると丁度都合よく停車中のタクシーを見つけてそれに飛び乗る。
「空港まで。後ろの赤い車に目的地をバレないようにしてください」
「お客さん。珍しい注文しますね。よっしゃ!腕が鳴るねぇ」
タクシーは複雑な順路で空港まで向かうと鏡流は運賃を支払う。
そのまま空の便を購入すると何処か遠くの地まで飛んでいくのであった。
余談だが中道郁はこの頃、遠くのリゾート地でバカンスを楽しんでから街に帰ってくる。
その時には解決していた。
しかしながらヒロインズの前に残された問題に向き合うことを勧めたのは中道郁なのであった…。
僕の身に起きた奇妙な出会い。
不思議な経験。
少しだけ怖い思いをした出来事。
そのどれもが酷く懐かしく思えるほどの年月が経とうとしていた。
僕はあの街から遠く離れた地で漁師になっていた。
見渡せば何処にでも一面海が見えるような地でしばらくの間、貯金を切り崩しながらぼぉ〜っとして過ごした。
何もやることはなくても毎日外に出て海を眺めていた。
海を眺めていると不思議と気分が晴れていく。
しかし夜になればまた少しの不安や恐怖が僕を苛む。
この地の人々は暖かく優しい人が多かった。
特に時間がゆっくりに感じるのは、あの街よりも日が長く登っているような気がしたからだろう。
人々のぬくもりに充てられて僕の心は少しずつ癒えていった。
別に傷ついていたわけではない。
ただ自分が情けなかったのと非常に疲れていただけだ。
癒やされた所で僕には仕事が無かった。
そんな時、この地の漁師さんに誘われて僕はその仕事に就くようになったのだ。
漁師になってどれぐらいの年月が経っただろうか。
もう思い出すにも時が経ちすぎていた。
「流〜お客さん来てるよ〜」
「誰?」
「知らない人」
「え…誰だろうな…」
そんな事を考えながら自宅を目指していると、その人は続けて誂うようにして口を開く。
「羨ましいな!あんな美人の三人組がお前を訪ねてきたぞ!」
彼が指をさす向こうで見覚えのある彼女らの後姿を目にして嘆息する。
「なんで僕のことをストーカーするのやめてないんだよ…しかも追っかけが三人に増えてる…」
僕は思わず喜びのような感情から笑みが溢れると彼女らのもとまで駆け足で向かうのであった。
完
絶世な美女に声を掛けられて浮かれていたら僕の追っかけヤンデレストーカーだったんだが… ALC @AliceCarp
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