第三十五話 買い物
日暮里に着き、杏子は桜子に手を引かれながら目当ての店へと連れて行かれる。
何もわからない杏子は、退屈そうに桜子の買い物を見守ることにした。
「これ俺いらなくねぇか?ひとりで来ればよかったろ?」
「いいじゃないデートよ!デート!」
確かに昔は妻の買い物にただついて行くだけでも、デートしてる気分だったなと杏子は思い出す。
そして、いつからだろうかそれが当たり前になって特別な感じがしなくなっていた。
折角だしデートとして楽しもうと杏子は思い直した。
「ところでさ、何で罰ゲームがコスプレなの?」
杏子は疑問に思っていた事を尋ねてみる。
「それはね。夢だったからかな。」
「コスプレ衣装作ることが!?」
「ちがうわよ!」
静かな店内で少し大きな声を出してしまったことを恥ずかしくなり声のトーンを下げて話す。
「もし私に子供ができたら、自分の作った服を着させたかったのよ。特に女の子には可愛い服をね。」
初めて聞く桜子の気持ちを杏子は静かに聞く。
「もう私は子供作れないから、あなたに着てもらう事にしたの。」
杏子は桜子の言葉に心を痛める。自分が女の子に生まれ変わったことで、妻の夢が叶かなうことはなくなったからである。
「なんか、ごめんな。俺のせいだよな。」
「そんな事ないわ。私はこれでよかったと思ってるの。だってあなたとまた人生を送れるなんて、感謝しかないわ。」
記憶を持ったまま生まれ変わり、更には大切な人と一緒の場所に生まれ変わること以上のことなんてないことは杏子も理解していた。
しかし、とても申し訳ないという気持ちになった。
「それに、あなたに対しての愛は変わらずあるのだけど、最近はあなたに対して母性愛も感じているの。」
「え?マジか!」
「私より小さくて可愛いからかしら、理由はわからないけど。だから、あなたに服を着せる事で私の夢は叶うのよ!」
杏子は揶揄うように話す。
「コスプレで人前に立たせるのは虐待じゃないか?」
「子供に試練を与えるのも親の務めでしょ?」
お互いで揶揄い合い生まれるこの空気はかつて夫婦だった時の居心地の良さがあった。
ふたりは笑みを溢しながらデートを満喫する。
デートも昼をやや過ぎた頃に杏子はとある事に気づく。
「お前に朝連れ出されたから朝ご飯食べてなかったよ。腹減ってきたー!」
桜子もつい夢中になって杏子と戯れあっていた事で忘れていた。
「あらそうだったわね。どこかで食事にしましょう。」
「腹減り過ぎて動き回りたくないよ。牛丼屋ないの?」
並ぶ事もなく、席に着いたらすぐに料理が出てくる牛丼チェーンであれば、すぐにこの気持ち悪い程の空腹感から解放されると杏子は思った。
「あそこにあるじゃない!」
桜子は牛丼屋を発見して指をむける。
杏子は指の先に見える、見慣れた看板に安心感を覚え気の緩んだ口からは涎が垂れそうになる。
自動ドアが開くと懐かしい店内の香りと喧騒が昔を思い出させる。
「生まれ変わる前は週3回位行ってたな。」
そんな独り言を呟きながら慣れた手つきで食券機を操作する。
杏子は食券を取り、案内されたカウンターに座る。
そして、水を用意した店員にいつものように食券を渡しながら言う。
「つゆだくのネギ多めで。」
店員は少し戸惑いながら食券を預かる。
桜子も後に続いて食券を店員に渡す。
杏子のように面倒なオーダーをつけずに席に座り、隣に座る少女の肩を叩く。
「あなた特盛なんて頼んで大丈夫なの?」
「いつもは大盛りだけど今日は朝抜いてるからな特盛位食べないとな!」
言い終わった後に気づく。自分の今の姿が小さな少女である事に。
「やばい、つい癖で変なオーダーしちゃったよ!それに今の体で特盛なんて食べれるかわからないよ!どうしよー!」
「無理なら私が手伝うから。」
「頼んだよ。特盛なんて食べたら太っちゃうよね…。」
先程までおっさんのような振る舞いをしていた人間が。突然少女らしい心配をする姿はとても奇妙であり、桜子は思わず笑ってしまう。
「体型とかちゃんと気にしてたのね。」
「当たり前だろ!こんなに美少女なんだから、維持したいに決まってるよ!それに普段の振る舞いだって可愛らしくしてるんだ!」
「女子中学生ふたりで牛丼屋さんに来て言うこと?かわいらしいお店の方が良かったんじゃない?」
揶揄うような桜子の目線に杏子はイラッとする。
「う、うるさい。いわゆる映えというものはないかもしれないが、味は最高だからな。そもそも、最近の若い連中は映え映え言い過ぎて、料理の一番重要な味を蔑ろにしがちだ!」
桜子は心も少女になってきていると思ったが、今の言い草にやっぱりおじさんだなと思う。
「お待たせしました。」と言う店員の声と共に牛丼特盛つゆだくネギ多めがテーブルに置かれる。
目をキラキラと輝かせた少女は「いただきます!」という言葉とほぼ同時に牛丼をかき込む。
その食べっぷりは見てる者からも気持ちのいいものであった。
牛丼屋の店内の男共は少女2人の来店を確認すると、その美しい少女と可愛い少女に目線をチラチラと送っていた。
そして、その可愛らしい少女の豪快な食べっぷりに目を奪われていた。
1人の男は心の中で呟く。
「これが萌えというものなのか…。」
杏子は食べきれないという不安なんてなかったかのように米粒ひとつ残さず完食する。
食事を済ませたふたりは、この後の予定をどうするか考えていた。
用事は済んだがこのまま帰るという選択肢はふたりにはなく、もっと一緒に居たいとお互い思っていた。
「おい、これからどうするよ?」
「そうね、喫茶店にでも入る?」
「牛丼屋行った後に喫茶店かよ!なんかしようぜ折角だしさー!」
杏子は徒然な時がこのまま続くのは流石に嫌だといった感じだ。
そんな今にもぐずり出しそうな夫である少女の機嫌を損ねないように桜子は考える。
「じゃあ今から渋谷とか行く?ウインドウショッピングなんてどう?」
杏子が目を見開いてキラキラした瞳を見せた。
「それいいね!少女になったらやってみたかった事のひとつだよ!それに明日着る服買っちゃおうかな!」
「お金はあるの?」
勉強会の時に少し使ったが杏子の所持金は2万円と少しあった。記憶が戻る前のいたいけな少女が貯めたお金をここで使うつもりのようだ。
「問題ない!」
「なら早速行きましょう!」
杏子ははしゃいだ様子で駅の改札へ向かう。
額に薄らと汗を滲ませた杏子が満面な笑みで桜子を呼ぶ。「早く来いよなー!」その声を聞いて桜子も自然と笑みが溢れ、ゆっくりと足を踏み出す。
「今日のデートはここからが本番ね。」
ヤンキー夫が美少女に!? 〜夫婦で美少女に生まれ変わって百合百合な学生生活!〜 遠山きつね @toyamakitsune
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