第三十四話 罰ゲーム

体育祭翌日の日曜日は体を休めて翌日の打ち上げに備えようと、普段は休みであっても9時前には起きていた杏子であったがこの日に限ってはベットに体を沈めていた。

惰眠を貪るのも体育祭翌日位はいいよねと自分に言い聞かせながら。


掛け布団を抱き枕代わりにして眠る杏子の顔はまるで天使のように美しかったのだろう、眠る杏子を決して起こさず、ただ座って眺めている少女がいた。

夜々川桜子である。


杏子は何の前触れもなく、パッと目が覚める。

眼前にいるはずのない桜子が微笑みながら見ていることに、眠気が一気に覚める。


「うおーい!なんでいんだよ!びっくりしたな!」


「ごめんなさい。ついつい、あなたの可愛らしい寝顔を見ていたら、起こすのが憚られてしまって。」


「で、何の用だよ。お前は朝から元気だよな。昨日体育祭だったんだぞ。」


「若いからかしら回復が早いみたい。筋肉痛とかなかったから、普段と変わらないわ。」


杏子も体に筋肉痛のような痛みもなく、若い体を手に入れたことの恩恵を感じる。


「用事というのは、罰ゲームの件を伝えにきたのよ。忘れる前に。」



うげぇと顔をしかめる杏子は桜子が忘れていてくれたらと淡い希望を持っていたが、この女がそんな大事なこと忘れるわけないかと諦める。


「罰ゲームってなんだよ?」


ベットの上で体育座りをして、答えを待つ杏子は内心舐めていた。妻はなんだかんだで優しいから面白味もない簡単で退屈な罰だと。


「あなたにはコスプレをしてもらいます。」


ほんの僅かの間をおいて、静寂を壊すように杏子が騒ぎ出す。


「コスプレって何だよ!?せっかくの夏休みにやることならもっとあるだろ!夏祭りの屋台でなんか奢れとか、海に連れて行けとかさ!」


「海に連れて行けは確かに毎年言ってたけど、それって罰ゲーム扱いされるお願いだったのかしら?」


「いや、それは、違うって、今のは聞かなかったことに…して。」


「まあいいわ!罰ゲームは絶対言うことを聞くだから、あなたに拒否権はないわ。」


杏子は最初こそ嫌であったが、ただコスプレするだけならまあいいかと受け入れ始める。

そんな杏子に桜子は付け加えるように説明を始める。


「あなた、もしかしてただコスプレするだけと思っていない?」


「え?違うの?」


「あなたは夏に3日間開催されるマンガフェスティバルで魔法少女あかねちゃんのコスプレをして参加するのよ。」


「何だそれ?」


前世がヤンキーの杏子はオタク文化を全くといっていいほどに知らなかった。

そんな杏子に桜子は説明する。


「マンガフェスティバル通称マンフェスは夏と冬に開催される同人誌即売会。そこではコスプレブースがあってコスプレしたい方のためのスペースが用意されてるのよ。」


「え?人前でやるのか?」


「もちろんよ!」


「やだやだやだやだ!」


「罰ゲームは絶対よ!」


その言葉に杏子は黙り、桜子は説明を続けた。


「それであなたがやるコスプレは、魔法少女あかねちゃんの主人公の秋月あかねのコスプレをしてもらうわ。この作品は女児アニメの枠を超えてどの世代にも人気のある作品よ。」


杏子は足を体育座りから正座に変えて、頭を下げる。生まれ変わってこら三度目の土下座であった。


「桜子様、どうか勘弁してください!この通りです。それ以外なら何でもやりますので!」


桜子は容赦がなかった。杏子の願いを聞き入れず、涙目になる杏子の頭を撫でながら耳元で呟く。


「あなた程このキャラクターに適任な人などいないのよ。それにやったら楽しいかもよ。」


「そんなぁ…」


情けない声を出す杏子は思い出す。妻は意外にドSだったことを。


諦めた杏子の心は落ち着いていた。桜子に何を言っても聞かないとわかっていたからである。


「お前は昔から頑固なところあったよな。おそらく俺が何言っても無駄なんだろ?しょうがないからやるよ。」


「じゃあこれ観ときなさい。」


桜子が魔法少女あかねちゃんのDVDボックスを杏子に渡す。


「えー観なきゃいけないの?」


「そうよ。コスプレするんだからキャラをちゃんと理解してもらわないと!」


「わかったよ。で、衣装はどうすんだよ?」


「もちろん私が作るわ!」


杏子は妻が裁縫が好きだったことを思い出し、何よりクオリティの高い服も難なく作っていた。彼女の作ったコスプレ衣装なら人前で着てみても問題ないだろうと安心する。


「確かにお前そういうの好きだったよな。」


桜子は小さく頷き、鞄からメジャーを取り出す。


「じゃああなた服を脱いでそこに立って頂戴。」


桜子が不敵な目で杏子を見る。

杏子は何だか嫌な予感がしたが気にしないようにした。


杏子は今まで感じたことのないような恥ずかしさを感じた。

目の前にいるのは妻で今は同性なのだから、決して恥ずかしくないと言い聞かせたが、顔は若干赤みを帯びた。



「これでいい?は、早く測ってよ。」


杏子は節目がちで桜子と目を合わそうとしない。

そんな杏子に桜子はベットを椅子のようにして座り、足を組む。


「杏子ちゃん。下着も取りなさい。」


「ど、どうしてよ!下着をしていても測ることはできるでしょ!」


桜子は薄ら笑いを浮かべながら決して拒否することのできない言葉を吐く。


「これも罰ゲームの一環だから。」


杏子はドSモードに入った桜子の要求通りに下着を取り、見られたくない所を隠す。


「これでいいだろ。あまりジロジロ見ないで。」


「それじゃあ、測れないわよ。手を下ろしなさい。」


杏子の顔は赤面を通り越して林檎のように赤く染まる。杏子は手をおろし全てを桜子に見えるようにする。


「これでいいか…」


声が少し震えていた。


桜子は杏子の体をくまなく眺めた後、立ち上がり杏子の前で膝を曲げる。


「これが昨日の怪我ね。こんなに綺麗な足に傷がついてしまって可哀想に。」


「そんなことどうでもいいから、お願いだから早く測って。」


桜子は立ち上がりメジャーで体の至る所を測った。桜子の指が体に触れる感触はこそばゆく、体が妙に反応したりした。

一通り測り終えた後、杏子は急いで服を着てベットに座る桜子の横にちょこんと体を丸めて座る。

体を隅々まで見られ、測られた杏子は恥ずかしく桜子と目を合わせることができなかった。


「もうお嫁に行けないよ。」


杏子はこんな時女子の言うセリフと言ったらこれしかないだろと呟いてみる。


「じゃあ私がお嫁に貰ってあげるから、あなたも私をお嫁に貰ってくれる?」


破綻した言葉に杏子はクスリと笑う。


そんな笑顔になった杏子の横顔を見た桜子は何かの衝動に駆られるように、ベットに座る杏子を押し倒して、キスをする。

その強引なキスを杏子は優しく受け入れるように唇を預ける。

ふたりで抱き合うようにしてベットでキスをすると、互いの体温で額に汗が滲んでくる。

桜子は起き上がり、杏子はもうちょっとこうしていたいという気持ちを表情で表す。


「急にどうしたんだよ?」


「今日この後時間空いてるわよね?」


桜子は思い出したかのように杏子へ確認する。


「空いてるけどなんだよー?」


「ショッピングに行くわよ。」


「えー今から?どこに?」


「日暮里で生地を買いに行くわ!」


杏子は渋々桜子のショッピングに付き合うことにした。

出かける準備を始めた杏子に桜子はひとつ疑問に思ったことを聞く。


「あなたなんで私の前で裸になること恥ずかしがったの?」


その質問には杏子も同様な疑問があった。

男だった頃は飲みの席でハメを外して人前で服を脱いだり、当たり前のようにしていた。

それが妻の前でしかも現在は同性であるにも関わらず過去に経験したことのない恥ずかしさがあった。


「それがわからないんだよ。とんでもない羞恥心を感じてさぁ。」


「体だけでなく、心も少女になってしまったのかもね。」


「そうかもな、涙もよく出るしなぁ。」


そんな事を話しながら杏子は姿見で自分の服装と髪型がばっちりと決まっている事を確認した。


「よしっ!行こう!」


桜子はそんな杏子を見て心の中で呟く。


「ほんと女の子なんだから。」


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