第三十三話 体育祭の終わり

閉会式も終わり、クラスは興奮冷めやまない様子であった。

結果として2年生の優勝は1組で、3組は2位という結果で終わってしまったが、何よりクラス全員が体育祭を楽しめたということが杏子にとって一番の喜びであった。


「みんなお疲れ様!結果は2位だったけど、みんなと楽しめて本当によかったよ!」


杏子の言葉にクラスは湧く。まるで優勝したクラスのようであった。

そんな盛り上がりの中、八百坂がまたしてもクラスに提案をする。


「皆さん!実は父が打ち上げをするレストランを抑えてくださりましたわ!明後日の振り替え休日にクラスで打ち上げをしません?」


クラスは八百坂の提案に乗る。


「お前ほんとに気がきくよな!」


「打ち上げやりたいわ!やりましょうよ!」


「楽しみー!」


打ち上げの開催が決定し、クラスの歓喜は最高潮を迎える。

しかし、クラスメイトのほぼ全員がある事に気づく。


「打ち上げってどんな格好をすればいいんだ!?」


これは打ち上げ初経験の彼らにとって悩ましいものであった。

制服で行くべきか、私服で行くべきか、それともパーティ衣装を着るべきなのか、私服といっても幅が広すぎて相応しい服装が思いつかない。

お坊ちゃんにお嬢様の彼らにとって、服装のマナーはとても重要であった。誰かに聞いて合わせればいいものであるが、そんな事で無知を晒す訳にはいかないと考えてしまう。

そして皆探り探りの会話を始める。


その光景を見た杏子は彼らが当日の服装で悩んでいる事に気がつく。


「八百坂さん、会場のレストランってどんなところなの?」


「どうやら父のお友達が趣味でやっているバーらしいのですが、昼間はレストランとして営業しているらしいですわ。」


「そうなんだ。」


杏子は少し考えて皆の不安を解消する一言を述べる。


「みんな当日はドレスコードはないから、好きな格好で来て大丈夫だよ!」


少し考えてからひとつ付け足す事にした。


「ただし、制服はなしね!」


杏子は知っていた。

普段制服やスーツや仕事着でしか会ったことのない人と休日に私服であった時に感じるもの。

それはいい意味でギャップがあったり、普段は近寄りがたい人に親近感を覚えたりと親睦を深める上で良かったりする。

ましてや意中の人がいるものにとって、それは気になる要素のひとつであろうとも考えた。

しかし、クラスの皆は明日1日悩む事になるだろうなと少し申し訳ない気持ちになる。


「今日はみんな疲れてると思うから、早く帰って、明後日元気な姿で会おう!」


会場や時間はメッセージアプリのクラスグループで連絡することにして、長かった体育祭もその後の余韻の集まりもお開きとなり、続きは打ち上げでとなった。


そして、杏子は教室の外で待つ東雲空に会いに向かった。


「ごめん。東雲さん待たせちゃって!」


「いいのよ。呼びつけたのは私だし。」


「まあ、そうだよね。1組って打ち上げとかするの?」


「するわよ。夜々川桜子がお店を抑えてたみたい。」


相変わらず仕事が早いなと杏子は感心する。


「そっか。優勝してるもんね!打ち上げくらいするよね!あと優勝おめでとう!」


「私なんかよりクラスのみんなが頑張ったから優勝できたの、私に言うのは違うと思う。」


杏子は騎馬戦での一件や今の発言から東雲空という人間は非常によくできた人間であると評価した。純粋な14歳にしては出来過ぎていると。


「それで用なんだけどさ。」


東雲は杏子との会話を程々に本題に入る。


「うん。」


東雲は手を差し出し、杏子は何かを渡そうとしていると察して反射的に手のひらを差し出す。

杏子の手には見覚えのあるヘアクリップが置かれた。


「え?これって。」


杏子は様々な思考が頭の中を巡る。


「時子が素っ気なかったのは、このヘアピンを無くして合わせる顔がなかったから、いや素っ気なかった時に付けてたし、どうしてだろう。私の事嫌いになって捨てたのかな…。」


色々と考え込んでいる杏子を見た東雲は伝える。


「これ朝野時子のでしょ。図書室に置いてあったから返しておいて。それだけ。」


「ちょっと待って。時子のとは限らないでしょ?それになんで私に頼むの?東雲さんが返しても…」


杏子は時子と話すことに少し自信を失っていた。


「アンタが友達なのは知ってる。朝野時子が最近それをつけていたのは知ってたから、友達のアンタが渡した方がいいでしょ。これでいい?じゃあ頼んだわ。」


東雲は言いたいことを言い終えると背中を向けて帰っていく。


杏子は手に持ったヘアクリップをポケットにしまい帰宅する。

家に着いた後時子に何度も連絡をしようとしたが、連絡することはできなかった。


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