第三十二話 最終種目

体育祭最後の種目である『騎馬戦』が始まろうとしていた。

入場ゲートで1年生が終わるのを待つ2年生の待機列で、杏子を中心に2年3組女子は作戦会議をしていた。


「作戦なんだけど、皆んなの騎馬は好きに相手騎馬と揉み合っていてほしい。もしその時相手のハチマキが取れたら、それはそれでオッケーね。」


杏子の言葉に耳を傾けて真剣に聞く女子達に、自分の役割についても伝える。


「それで私達の騎馬はその揉み合ってる相手騎馬の背後から隙を見てハチマキを奪取する作戦だ。」


星宮が確認のため質問をする。


「要するに私達夏月の騎馬以外は囮で相手の足止めをして、隙をついて相手のハチマキを取るってことだな?」


「そういうこと!だから星宮と八百坂さんと雨音さんは結構動くから大変だと思うけど、大丈夫?」


「お前軽そうだから余裕だろ。」


「私がエース騎馬の一角を担えるなんて光栄ですわ!」


そして雨音も答える。


「あんたに全て任せてる。従うだけよ。」


杏子の作戦を聞いた他の騎馬達お互いで話し合い連携を高めようとしている。

杏子は体育祭に向けての集大成は、この騎馬戦に掛かっていると心が昂ったが、どうやらそれは他の女子達も同じであったようだ。


1年生が終わり、2年生の入場が始まる前に女子全員は円陣を組み杏子が掛け声を上げる。


「勝って優勝するぞー!」


杏子の声に合わせてクラスの女子全員が「おー!」と元気よく声を上げた。

ひとつになったクラスの輪の中心になった杏子は、皆んなとならどんな事だって成し遂げられると思えた。


初戦は2年2組と、因縁のある相手である。

杏子を転倒させ、最下位で終わったリレーの借りを返す時が来たと女子達は心に炎を燃やしていた。

続々と騎馬が完成し、開始の合図が鳴る。


杏子の騎馬は動かず全体の状況を見る。


そして妙なことに気づく。

それは味方の4つの騎馬が一斉にひとつの騎馬目掛けて進んでいることであった。


「え?ちょっ!それじゃあ他の騎馬の足止めできないよ!」


杏子の理想はひとつの騎馬に対してひとつの騎馬で攻めに行くと思ったが、杏子が作戦を伝える際に"好きなように攻めろ"というニュアンスで伝えたことを思い出す。


「まさかこうなるとは。」


杏子は呟くと騎馬役の星宮が尋ねる。


「おい夏月どうする?」


自分達はどうしたものかと考えていると4つの騎馬に攻められた相手騎馬はあっという間にハチマキを取られる。


そしてハチマキを取った騎馬の騎手が取ったハチマキを掲げる。


「仇を取ってやりましたわ!」


取られた騎馬の騎手は例の杏子を突き飛ばした女子であった。

そして、それに負けじと成果を上げていない3つの騎馬は残った相手をあっという間に駆逐する。


「強すぎる。」


杏子は驚愕する。

クラスの女子達の騎馬戦に対してのやる気は想像以上であった。



2年4組との対決は、杏子の思うように上手く4つの騎馬を足止めする形になった。

自由に動ける相手のひとつの騎馬は杏子の騎馬に近づいて来ようとするが、難なく相手を倒した味方の騎馬がその動きを止める。


すかさず背後に回り込み相手騎馬を2対1の状況にしてハチマキを取って回る。

あっという間に相手の騎馬はひとつとなり、やる気の失った相手からハチマキを奪い勝利する。


「やったー!」と皆で声を上げ騎馬を崩す。

そして最後の騎馬の騎馬役のひとりに時子がいたので声をかけようとしたが、時子は杏子と目を合わせようとしなかった。

杏子はその雰囲気に声をかける事がでぎず、背中を向けて立ち去る時子を眺めることしかできなかった。


そして杏子は気づく。

時子が先程まで付けていた向日葵のヘアピンを付けていないことを。

杏子は今は余計なことを考えるなと言い聞かせて、最後の1組との戦いへと向かうこととした。



グラウンドを隔て、ここまで無敗の2年1組に向かい合う形で杏子達3組は騎馬を組み始める。

2試合を同時に行なっているため、1組がどのような戦略で戦ってきているのかは見られていない。

杏子は自分達を信じて作戦は変えずに戦う旨を皆に伝える。

そして、騎馬の上から皆に聞こえるように声を上げる。


「ここで勝てば優勝できる。負けたら2位のままだから絶対勝とうね!」


声を聞いた2年3組の女子達はこくりと小さく頷く。

競技を見ている男子達も祈るようにしていた。


そして、騎馬戦最終戦の合図が鳴り響く。

一斉に3組の騎馬は動き出すが、1組の騎馬は前には進まず桜子の乗る騎馬を囲うように陣を作った。

守りを固めて攻撃を受ける構えであった。

杏子は一瞬驚いたが、この戦略は悪手だと気づいた。


「あんなの逃げ場を無くすように囲んで攻めれば有利に戦える!」


杏子の声を聞いて3組の騎馬達は四方を囲うようにして攻めに出る。


その時、1組の4つの騎馬は「おー!」と声を上げ一斉に桜子から離れる。

3組の4つの騎馬は面食らい、どうするべきかわからずとりあえず目の前にいる桜子へと襲いかかる。

桜子は諦めるようにハチマキを取られる。


今度は逆に3組の騎馬が一ヶ所に纏まってしまっている。そこを囲うようにして1組の騎馬が3組の残った騎馬に襲いかかる。


「やられた!桜子は囮で一ヶ所に相手の騎馬をまとめるのが作戦か!」


そんな事を思っている間に3組の騎馬はお互い背中合わせで逃げ場を失って囲われ、一方的に頭に付けたハチマキを取られてしまう。


援軍に駆けつけようとした杏子の騎馬も間に合わず、1組の騎馬をなんとか1つ倒す事ができたが残りの騎馬3つを杏子が倒さなければならなくなった。


「おわったー。」


杏子はさすがに無理だと諦めの気持ちが沸く。

そんな時、騎馬役の星宮が声をかける。


「夏月どうすんだよ!とりあえず逃げる?」


雨音はそんな星宮に反論する。


「逃げてどうすんのよ!制限時間がくれば残ってる騎馬の多い方が勝ちでしょ!」


そんな絶望的な状況であったが、八百坂は俄然やる気が出たようだ。


「この状況からの逆転劇なんて燃える展開ですわ!夏月杏子やるわよー!それからお父様見ていてください!この卯月がこのピンチを乗り越える姿を!」


杏子は笑う。


「みんなごめん!私の責任でこんな状況になっちゃって、やるだけの事はやるから、もう一踏ん張り頑張ってほしい!」


騎馬の3人は頷く。

そしてその顔はどこか楽しそうな顔であった。


「みんなー攻めるぞー!」


杏子の掛け声に合わせて1組の騎馬へ走り出す。


「ちょっと待ちなさーい!」


1組の騎手役の1人が声を上げた。

ツインテールヘアの女子が腕を組み杏子を睨んでいる。

その声に動きを止めた杏子の騎馬に何か言い出した。


「3人で1人を攻めるのは卑怯な気がして私は嫌なの!だから私と一騎討ちをしなさい!もし私が勝てばそれで終わり。もし、あなたが勝てば2対1で戦えばいい。」


杏子はこんなチャンス貰えるなんてと即答する。


「ほんとにいいの?」


「いいって言ってるの!人の話聞いてた?」


「じゃあそれでお願いします。」


杏子はぺこりと頭を下げる。


「私は2年1組東雲空は2年3組夏月杏子に決闘を申し込む!」


全校生徒に聞こえるように大きな声をあげる。


「え?何これ?もしかして中二病の方ですか?」


「ち、違うわよ!盛り上げようとしただけ!」


赤面する東雲を可愛いと思えてしまう。


「じゃあ行くわよ!」


東雲の騎馬が勢いよく杏子に向かってくる。


杏子は手を伸ばしてきた東雲の腕を掴む。

両手で力比べをするような形になる。


「空ちゃん頑張ってー!」


「しのーがんばれー。」


騎馬役の東雲の友達が応援する声が聞こえる。

それに負けじと杏子の騎馬となっている星宮、雨音、八百坂も力を与えるよう応援する。


お互い隙を見て手を離し、ハチマキに手を伸ばすが上手くかわして勝負がつかない。


「夏月杏子!あんた夜々川桜子の親友でしょ!だから必ず倒してみせるわ!」


「え?そうだけど!親友だから決闘挑んだの?」


「それとこれは別!でもあんたが相手だと燃えるわね!」


喋りながら戦っている様は、まるで少年漫画の戦闘シーンのようである。


そんな時、東雲騎馬に異変が起きる。1人の騎馬役の子が限界を迎えたのだろう。騎馬がゆらゆらと揺れ崩れ始めた。

その瞬間、東雲空は騎馬から飛び綺麗に地面に着地する。

東雲が地面に足をついた時点で決闘は杏子の勝ちとなった。


「桃!大丈夫!?」


「えへへー、ごめーん。負けちゃったね空ちゃん。」


「しのが張り切りすぎたせい。」


「何よそれー!」


東雲は膝をついてしまっている友人に駆け寄り、何事もなかったかのように普段と変わらない会話を始める。


杏子は東雲空の機転の利いた行動に驚く。

もし、あのまま一緒に崩れていたら大事故になっていた。

白熱した戦いの中で異変に気づき、瞬時に最善の行動に出れる東雲空というただの中二病と揶揄した少女に尊敬の念すら感じた。


そして、東雲が杏子に声をかける。


「今回は私の負けね。」


「また勝負挑んでくるの?」


「もちろんよ。」


めんどくさい奴に目をつけられたと思う杏子であったが、面白い奴に出会えたとも思えた。


「まだ1組が負けたわけじゃないから。それと今日もし放課後時間あったら顔貸して。じゃあ。」


「え?何の用なの?」


「それは後で話す。」


杏子は東雲の突然の誘いに驚いたが、今は騎馬戦の続きだと心にを切り替える。



残った1組の騎馬は待ちぼうけを食らい苛々していた。

決闘が終わったと判断して一斉に攻撃にかかる。

杏子はとりあえず距離をとるように逃げる。


「2対1ってどうすんだよ?」


「私もう限界っぽい!」


雨音の辛そうな声に杏子は騎馬を止めるように指示する。


「ここで2人と戦う!雨音さん、もう少し頑張って!」


これ以上騎馬を動かしたら疲労で騎馬が崩れてしまうと判断した。


「雨音さん、もし無理そうだったら言って!騎馬から急いで降りるから!」


「…わかった。」


足の止まった騎馬に2つの騎馬が襲いかかる。

杏子は抵抗を見せるが、騎馬がもし崩れてしまったらと考えると激しく動くことができない。

思ったよりも杏子は善戦することなく、あっけなくハチマキを取られて決着がつく。


2年の優勝クラスが決まりグラウンドには歓喜の声が広がる。


騎馬から杏子を降ろして星宮が杏子に声をかける。


「負けちゃったけど、お前よく頑張ったよ!」


「く、くやしいよー。」


涙目になる杏子の肩を優しく包むように抱く。

そんな杏子に雨音が謝罪する。


「私が弱音吐いたから、力出せなかったのよね。私のせいだわ…ごめんなさい。」


「そ、それを言ったら、わたくしの所為ですわ。もっと声を出したり…色々できたかもしれないですもの。」


「夏月に頼りすぎてた私も悪いよ。同じ実行委員なのに。」


全員が自分の責任を感じ、お互いで慰め合う。

他の騎馬の女子達も集まる。


「夏月さんはよくやったわ!」


「2位になれただけでも立派ですよ!」


「楽しい体育祭でしたわ。」


この結果であったが決して誰も責めずに、女子達は皆と労を労い合った。


騎馬戦も終わってクラスの男子も合流し、皆で体育祭について語り合い楽しそうな声が響く。

かつての2年3組にはない目を輝かせながら楽しそうに話す姿は美しいものであった。


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