得手

 一週間ほどが経った。

 あれから二人は様々な場所を訪れたが、色のある場所や物は何もなかった。

「いやー、なかなか難しいもんだねー」

 声を間延びさせたクロは、声色と変わらず、だらりと脱力して椅子にもたれ掛っていた。クロの声に反応し、隣の部屋からひょっこりとシロが顔を出した。

「そうだね、ここに来てからすぐ色のあるものに出会えたから、もっと点在してると思ってたよ」

 シロは頭に巻いた三角巾を揺らしながら、苦笑を浮かべた。

「改めて探してみると、思ってたよりも見つからないものなんだね。……まぁそれは仕方ないとして、良い匂いがするけど、何作ってるの?」

 シロが開いた扉の隙間からふんわりと香る甘い匂いが、クロの鼻先を擽った。

「さあ? なんでしょう?」

 クロと目を合わせると、シロは舌先を少し出して、意地の悪そうな表情を浮かべた。

「ねえクロ、何作ってるか当ててみてよ」

 シロの挑戦に、クロはニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

「あの時のやり返しかな? まあそうだね、りんご飴とかかな?」

「さあ何のことだろうね。それにりんご飴じゃあないよ」

 シロは素知らぬように顔を逸らしながらも、クロに合わせた瞳には笑みを浮かべていた。もともと笑みを浮かべていたクロは、少し嬉しそうに、さらに口元をにっと釣り上げた。

シロは「さあ、当てられるかな?」と楽しそうに身体を揺らし、対するクロは顎に手を当ててじっと考えていた。

「うーん、果物みたいな匂いはするんだよねー。果物を使ったパンケーキなんてどうかな?」

「残念。たださっきよりは近くなってるよー」

 そう言うシロの顔はちっとも残念そうでなく、むしろニコニコと楽し気な笑顔が浮かべられていた。クロはしばらく考えていたが、シロは「もうすぐ完成するから楽しみにしててねー」と跳ねる声を上げて扉の向こうへ引っ込んでしまった。

 少し経つと、音符でも浮かべてそうなほどの満面の笑みを浮かべたシロが、ひょっこりと顔を出した。

「正解はコレでした‼」

 悔しげな視線を送っていたクロだったが、シロの取り出したものを見ると、その目はキラキラと輝いた。シロの手には、粘度を孕んだように光沢を放つ、灰色のアップルパイが載せられていた。

「シロってそんなの作れたんだね。驚いたよ」

 クロはこれまでで一番の驚いた表情を浮かべた。そんなクロに、シロは腰に手を当て、自慢げに胸を張った。

「これでも私、料理はそれなりに得意だからね。そりゃあ専門の人には敵わないけど、人に見せられるくらいには作れるよ」

「いや、ホントに少しシロのことを見くびっていたよ。まさかこんなのまで作れるなんてね」

 満面の笑みで称賛するクロに当てられて、シロは気恥ずかしそうに黒髪を指先でクルクルといじった。

「それに、前も言ったけどクロにはいつもお世話になってるからね。こんなだらだらする日くらい恩返ししなきゃ」

 少し恥ずかしそうなシロに「そんな気にしなくても良いのに」と笑いかけながらも、クロは「ありがとう」と口にして、アップルパイに手を伸ばした。

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ビー玉の中の青空 風叢 華月 @kaduki-kazamura

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