【幕間】月光
「ふう、やっぱりあそこまで行くのは中々骨が折れるね」
静けさに包まれた、仄暗い小屋の中に、黒い少女の声が響いた。行きより楽だったとはいえ、距離はあったため、身体はそれなりの疲労感を訴えていた。少しの疲労を携えた少女は、帰宅してすぐに床に就いた、白い少女に目を遣った。
「まあ、シロがあんなに楽しそうにしてたし、行く価値はあったかな。それに―」
クロは、隣ですやすやと眠っているシロの頭をそっと撫でると、軽く頬を緩めた。
「ねえ雫? レディーの独白を盗み聞きするのは品が無いんじゃない?」
クロはスッと扉に視線を移した。
一秒にも無限にも感じるような空虚な間が、部屋の中を埋め尽くした。やがて、観念したように、ペットドアがキィっと音を立てた。
「どうしたの? こんな夜中にここに来るなんて」
雫の灰の体毛が、ランタンの明かりを反射し白く輝いた。
「そんなに睨まなくても良いんじゃないかしら? 怖くて泣いちゃうわよ」
言葉とは裏腹に、ひどく冷めた声色を漂わせるクロに、雫は軽く一鳴きした。そして、おもむろに歩みを進めると、机の上にひょいと飛び乗った。そして、クロの方に顔を向けると、再びニャーと鳴いた。
「どうしたの? 雫の木になるものなんてないと思うけど。来いって言うなら行くけどさ」
そう言うと、クロはゆっくりと腰を上げ、雫の末机へと向かった。
「それで? 私にどうしてほしいのよ」
雫は、机に備え付けられた引き出しを数度叩いて見せた。クロがやれやれといったように引き出しを開けると、ガラス玉が木の上を駆ける、軽快な音が響いた。
「ほら、アンタに関係するものは何にもないでしょ。それとも―」
クロは、目を細めると、刺すような視線を雫に向けた。
「このビー玉が欲しいの?」
お互いに、視線を一切逸らさず、じっと相手と目を合わせ続けていた。どれほどの時間が経ったか、窓から覗いた月明かりが、クロと雫を白く照らした。
「……ここまで意固地になるなんて珍しいね。アンタにも考えがあるみたいだし、引いてあげるよ」
クロは、手に持っていたビー玉を雫に差し出すと、雫は一鳴きしてからそれを咥えた。
「ただし、アンタもわかってるだろうけど、それはあの子の物だからね。上手く使いなよ」
雫はクロの目をじっと見つめると、踵を返し、月に照らされた夜道へと消えていった。
雫が見えなくなったことを確認すると、フッと息を吐き、歩を進めはじめた。
「今日の最後に、こんなイベントが待ち受けていたとはね。流石に予想外だったな」
シロを起こさないように、静かにベットに腰を掛けると、視線を窓の外へと向ける。
「何時ぶりの月だろうね」
クロは意識が途切れるまで、久々の月光を、静かに眺めていた。
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